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不安にさせたくない
「ダメだ。帰れ」
『はあ? 何、いつも入れてくれるじゃない』
「もうお前と二人でうちで飲むことはないから」
『…なに、何かあった? カイ、だいじょう…』
「彼女がいる」
カイさんはモニターに向かってハッキリと言い切った。
『…今?』
「余計な心配はかけたくないし不安にさせたくない。お前とは何でもなくても、彼女を不安にはさせたくないんだよ」
『…、そうだけど、何、もう来るなって? そういうこと?』
「そうだ。用があるなら職場で言えばいいし、先に連絡を寄越せ」
『長年の友人と会うのも許さないくらいの彼女な訳?』
「違う。…俺が嫌なんだよ。不安にさせたくない」
モニターの向こうから聞こえてくる白波瀬さんの声が、不機嫌さを滲ませる。
『今回は随分ご執心なのね』
「そうだ」
『…分かった、悪かったわ。もうこんな風に来ないから。落ち着いたらちゃんと彼女のこと紹介してよね』
「ああ」
『じゃね。彼女によろしく』
白波瀬さんはそれだけ言うと、画面の向こうでヒラヒラと手を振ってすぐにいなくなった。
ピッ、とモニターを切る音が静かな室内に響く。
私はダイニングテーブルの前で動くことも出来ず、カイさんの背中を見つめる。なんて声を掛ければいいのか分からない。
「もも」
「は、はい」
カイさんは振り返り、あっという間に長い足で私までの距離を詰める。目の前にカイさんが立ち塞がるように立っていて、私はぼんやり顔を見上げた。
今の会話って…私のために?
「…聞いてた通り、白波瀬はうちによく飲みに来てた。今日みたいに突然来て、勝手にキッチンのもの使ったり。酔っ払って寝て行ったこともあったな」
「え、あの」
「もちろん何もない。アイツは同期入社の長い付き合いの友人だから。その間に白波瀬は結婚して離婚して。俺はそんな白波瀬を友人として見て来ただけだ」
「カイさん」
カイさんはそう言いながら頭をガシガシとかいた。気まずそうな顔でチラリと私を見る。
「…何言っても言い訳っぽいけど。でも事実だ」
「カイさん、私…気にしてないから、大丈夫ですよ」
「気にしない?」
大きな掌が私の首に添えられて、ふに、と耳朶を摘む。
「気にならない?」
カイさんは眉根を寄せてじっと私の瞳を見つめる。
「だって、友人なんでしょう…?」
「そう。それでも気にならない?」
「友人と会わないで、なんて私は言いません」
「そうだな。俺も友人を切るつもりはないよ。でも、今までみたいな付き合い方は出来ないってだけだ」
「どうして…」
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