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お帰りなさい
いい匂いがする。
何かな…そう言えばお腹すいたな…
頬にかかる髪を避ける気配。熱い指先が輪郭をなぞる。目を開くとぼんやりと明かりが灯る室内が窓に映し出され、ソファにいつの間にか横になっている自分自身と目が合った。そしてその横に写る白いシャツの大きな背中。
見上げると、カイさんが床に座りソファの座面に頬杖をついて、優しく目を細めて私を見下ろしていた。
「起きたか」
「…っ、カイさん! ごめんなさい、私…」
「ぐっすり寝てたから。疲れたんだろう、大丈夫か?」
そう言って私の頬に掌を当てて覗き込む。
「大丈夫…です」
「そろそろ起こそうかと思ってた。食べれる?」
「もちろん!」
「はは、そうか」
カイさんはおかしそうに笑うと、すぐにジッと私の顔を見つめる。
「? カイさん?」
「いや…、ただいま、もも」
「…お帰りなさい」
「会いたかった?」
「…もちろんです」
カイさんはまたふふっと笑うと、柔らかくキスをする。カイさんの熱くて柔らかな唇が離れて、無意識にその唇を追うように私も唇を押し当てる。
「…ん、ふ…」
「は…っ、…もも」
大きな掌が腰を撫で背中に回る。柔らかなニットの隙間に手を差し込まれて直接肌に触れるその掌は熱い。
「もも、俺と…」
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
ビクッと身体を震わせて思わずカイさんから身体を離すけど、背中に回されたカイさんの腕は私を逃さない。見上げると、カイさんの眉間にものすごく深い皺が。
「…カイさん、誰か…」
「来客の予定はない」
ピンポーン
「…あの」
「気にするな」
ピンポーン
「「………」」
カイさんはため息をつくとガックリと私の肩に項垂れて呻いた。よしよしとカイさんの背中を撫でると、もの凄く面倒臭そうに顔を上げ立ち上がった。
「…誰だよ」
ブツブツとインターホンに向かうカイさんを見送って、私はソファから立ち上がりダイニングテーブルに移動する。
綺麗にセットされたテーブルに、ワイングラス。
わ、私の好きな白ワインが用意されてる…!
ダイニングテーブルにグラスやお皿が並べられて、テーブルの中央にはオシャレな鍋が置かれている。いい匂いの正体はコレだ。
「白波瀬」
カイさんの溢した名前に手が止まった。
カイさんが見ているインターホンに映る女性。それは確かに、今朝会った白波瀬さんだ。
心臓がドクンと嫌な音を立てる。
どうしよう、私先を外した方がいい? 部屋に来るのかな、私がいることがバレたら…。
あまり聞いたことのない心臓の音と早さに動けずにいると、カイさんが通話ボタンを押した。
「何の用だ」
『あのねえ、せっかくここまで来たのにそれはないでしょ』
「何の約束もないだろ」
『話す前にカイがすぐ帰るんだもの。折角新年に会えたんだから一緒に飲みましょ』
そう言ってモニターに向かって白波瀬さんがワインの瓶を掲げて見せる。こうやって、自然に自宅に行き来するほど仲が良いんだろうか。
モヤモヤと嫌な気持ちが湧いてくる。
ああ、嫌だな…
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