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隣に
「それに、こういうことしてみたかったんだよな」
そう言って嬉しそうに私の横に腰掛けて、トレーから煮込み料理のお皿を手にする。
―――してみたかった。
それって、今まで誰にもしたことないってコト、だよね…?
思わずニマニマしそうになる口許を手で押さえて、咳払いする。
「ほら、あーん」
「え?」
「食べて」
「え」
口許にスッと差し出されたスプーン。
「じっ、自分で食べます…!!」
「ほら敬語」
「ええ!?」
「キスじゃお仕置きにならないから、ホラ、俺の言うこと聞く」
んっ、とスプーンを口許に押し付けられ、渋々口を大きく開いた。そっと舌に乗せられる、程よい温かさのシチュー。
ほろほろと口の中で柔らかく溶けて広がる優しい味。
「……美味しい…」
「そうか、良かった」
そう言ってカイさんはふふっと嬉しそうに笑った。
もう、その時々見せる少年みたいな笑顔に弱いんだよ…。
「おかわり」
「はいはい」
カイさんは嬉しそうにスプーンに掬ったシチューを私の口に運び、私はその嬉しそうな顔が見たくて何度もおかわりをする。
なんかな。
幸せだな…
「なあ、もも」
カイさんが、付け合わせのパンを一口私の口に放り込んでジッと私を見つめた。
「? うん?」
「俺はさ、ももとこうして毎日一緒にいたい」
ゴクリ、と音をたててパンが胃へ押し込まれる。
「春から、今の下宿を出たら一緒に暮らそう」
返事ができずにいる私の口許を、カイさんがそっと親指で拭った。
「…っ、わ、私…でも、まだ社会人にすらなってないし…こんな凄いところで生活できるほど、お給料も貰えないし…」
「分かってる。俺もここからは引っ越そうと思ってる」
「え、安アパートに?」
「一応立場があるからそれは出来ないけど。でも、ももと暮らす場所を…探してる。実は…」
「え?」
「もも」
カイさんはトレーにお皿を置くと、小さな箱を取り出した。私の手を取り、その箱をそっと乗せる。
「開けてみて」
「……っ、カ、カイさん…」
混乱する頭でカイさんを見上げると、真剣な、不安げな顔をしてカイさんが私を見つめている。視線を手元に落とし、震える手でその箱を開けると、中には小さなダイヤが光るシンプルな指輪があった。
「こ、れって…」
カイさんの顔を見上げると、カイさんは真剣な眼差しで私の手を取り、指先にちゅ、とキスをした。
「結婚したい。…ももと、一緒にいたい」
「………!!」
カーッと顔が熱くなった。視界が潤む。
「俺が忙しくして淋しい思いもさせるかもしれない。大変なこともあるだろうし。でも、こうやって家に帰って来たらももと過ごしたいんだ。俺は、もものそばにいたい…俺を隣に置かせて欲しい」
「…っ、わ、わたし…」
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