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君と一緒に
それから甘い日々が始まるかと思いきや、カイさんは春に就任する取締役業務の引き継ぎなどのため、毎日あちこち飛び回り忙しく過ごしている。
私は私で、インターンの勉強に大学での卒業制作の追い込みなど、毎日慌しい。殆ど会えないまま私は帰省し、カイさんは出張へ出てしまった。
恋人たちの甘いクリスマスの雰囲気なんて微塵もないまま年末を迎えた私たちは、やっと時間が取れたというカイさんに合わせて、こうして電話をしている。
『もも、今一人?』
「はい、お父さんもお母さんも酔っ払って寝ちゃった。弟は彼女と年越し詣でに行ってます」
『テレビ通話出来る?』
「えっ」
『ダメか?』
「まさか! そ、そうじゃなくて…」
いや、そんなつもりなかったから物凄いだらしない格好!!
久し振りに顔を合わせるのにこの姿って…!
『顔が見たい。一緒に新年を迎えよう』
電話の向こうから響く甘い声。そんな風に言われて断れるはずもない。
「わ、分かりました…じゃあ、一回切りますね。あ、少し時間を…」
『ダメ。すぐ掛け直す』
「えっ」
そう言って電話はすぐに切れてしまった。
ちょっとくらい! 女の子に時間くれてもいいじゃないの!
そうしてすぐにコールバックされ、出る前に自分の姿を鏡でサッと整える…無駄な足掻きだけど。せめて前髪くらい。
『もも…やっと顔が見れた』
画面の向こうに映るカイさんは、すでにリラックスした姿。前髪をおろし眼鏡をかけ、柔らかく笑った。
「時間が欲しかったです…」
『一秒でも勿体無い』
「もう! もう少しまともな格好するのに…」
『部屋着可愛いよ。初めて見た。眼鏡も』
そんなことをサラッと言うカイさんはやっぱり大人。私なんて、画面越しの久しぶりの姿にドキドキしてる。
これってどうやってスクショするのかな? いや、録画の方がいい…?
いつもはカイさんの移動中の車内からの電話だったり、私が大学で卒業制作をしている時で、中々テレビ通話も出来ない。
はあ、やっぱり動くカイさん最高…。
『明日は俺の実家に移動するから、またあまり時間はないかもしれない』
「分かりました。もし都合が良くなったら連絡下さい」
『ん。…仕事始めの日は出社するから、その後時間作ろう』
「え、本当に!?」
『ははっ、そんなに喜んでくれるなら早退してもいいくらいだ』
「それはダメ」
『真面目だなぁ』
テレビの向こうでカウントダウンが始まる。
「カイさん、お部屋ってどんなの? 広い?」
『ん? ああ、一人で泊まるには広いな。夜景が綺麗だよ、ホラ』
そう言ってカメラで室内を映してから窓に移動すると、部屋の窓に映り込むカイさんの姿に心臓が鳴った。
カイさんが窓を開け、街を見下ろすようにスマホを向けると除夜の鐘が聞こえてくる。
「こっちは雪ですよ」
膝の上の猫が私の動きに合わせてのっそりと降りた。窓を開けて外に身を乗り出すと、雪が静かに降り、遠くに除夜の鐘が聞こえる。
スマホを外に向けて見せると『雪だ!』と嬉しそうな声がした。
『来年は一緒に新年を迎えよう』
「…はい」
電話から聞こえる除夜の鐘の音、雪の降る私のいる場所の鐘の音。
『明けましておめでとう。今年もよろしく、もも』
「あけましておめでとうございます。…今年もよろしくお願いします、カイさん」
カイさんが恋しいと思うこんな年越しも、きっと思い出になる。
そう思って、車の音すらしない真っ白な街をぼんやりと眺めた。
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