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不意打ち
仕事始め。
お正月気分などすっかり抜けて、交通機関は通勤する人々で溢れる。こうして昨日までのお正月気分なんて嘘のように、あっという間に通常モードに切り替えて皆んな勤めるんだな、なんてぎゅうぎゅうの地下鉄でぼんやり思う。
「ももちゃん!」
人波に乗り会社に辿り着くと、洋海さんが駆け寄って来た。
「洋海さん! あけましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ふふっと首を傾げて笑う洋海さんは、今日は長い髪を一つに纏めネイビーのスリーピースに身を包んでいる。グレージュのシャツに濃いグレーのタイを合わせ、スリムなパンツは足の長さを強調する。
そう、とにかくかっこいいのだ。さすが、カイさんの弟さん。
顔は全く似ていないんだけど、外国人のような色素の薄さにスレンダーな体つき、手足の長さ。女性的な美しさも兼ね備えたイケメン。
はじめの頃はてっきり女性だと思っていて、カイさんの恋人か奥さんだと信じきっていた私。その話を聞いた洋海さんは爆笑しながら私に謝っていた…。こちらこそごめんなさい…。
「ごめんね、今朝は迎えに行けなくて」
「大丈夫です! そもそも、お迎えに来ていただいてる方が申し訳ないですから…」
「でも、油断大敵だよ。今日のももちゃんは特に可愛いから、別な男に狙われるかもしれないし」
「そっ、そんなことありません!」
「ははっ、兄さんは”そんなことある”って言うから」
カイさんの声音を真似をする洋海さんについ笑ってしまう。
「兄さんは昨日こっちに戻ってるよ。もう出社してる。会いに行く?」
「いいえ! とんでもない、忙しいだろうから…」
「そう? 会いに行ったら喜ぶと思うけどな」
「仕事の後、会う約束してますから…」
「そっか! なるほど、それで今日はいつもよりもっと可愛いんだね」
「洋海さん!」
気合を入れているのがバレている…!!
恥ずかしくて思わず両手で頬を押さえると、洋海さんが「可愛い、可愛い」と、朗らかに笑った。
やめて〜! なんだかペットを愛でているような感想…!!
「よし、それじゃあそれまで頑張ろうか」
「は、はい! よろしくお願いします」
洋海さんと並んでエレベーターホールに向かうと、エレベーターの前で数人のスーツを着た人たちが談笑していた。その中心にいる一際背の高い人物。
仕事モードで髪を上げたカイさんだ。
ライトグレーのスーツを身に纏い、手にはカフェで買った珈琲のカップ。雑誌から飛び出したモデルのようで、近くにいる女性社員も頬を赤らめている。
油断しているところで急に飛び込んできたカイさんの姿に言葉も出ず凝視していると、洋海さんもカイさんに気が付いた。
「あ、よかったね、いたよ」
そう言うと私の腕を取り、その集団に向かって歩き出した。
え、ちょっと待って、私とカイさんの関係は内緒だって知ってるのに…?
慌てる私を尻目に洋海さんは楽しそうにカイさんに声を掛けた。
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