第一章:環楽園の殺人

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 南館の中央は一階のロビーから三階まで〈ロ〉の形に吹き抜けとなっており、真ん中を一階から二階への階段が、その両端から三階への階段がそれぞれ伸びている。よって客室が並んでいるのも二階では南側、三階では北側とおかしな食い違いがある。一階から二階への階段とロビーの床には豪奢(ごうしゃ)な赤い絨毯が敷かれているのだが、屋敷の装いが全体的に白を基調とした落ち着いたものであるために、これはいささか不似合いな感があった。もっとも僕の平凡なセンスで寸評しては怒られてしまうかも知れないけれど。  二階の廊下の壁――一階から階段を上ってきた場合に真っ直ぐ対峙(たいじ)することになる位置――には一枚の絵画が飾ってある。描かれているのは服を着ている人だったり半裸の人だったり青い像だったり白い鳥だったり山羊だったり猫だったりと、取り留めがない感じだ。 「これ、何だっけか」 「ポール・ゴーギャンの『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』だね。左上にフランス語でタイトルが書いてあるでしょ。まあこれはもちろんレプリカだろうけど」  舞游が博識なところを見せる。学校で教わる勉強の大半は毛嫌いしている彼女だが、読書家の一面もあるので、こういった場面では教養を発揮するのだ。 「アヴァンギャルドの前振りになった絵だよ。タイトルからも窺えるけど、宗教的な思想が背景にあってさ、私これ好きなんだよねー。ゴーギャンが反キリスト教的な人物なのも興味深いし」  絵画にも宗教にも大して明るくない僕では気の利いた返しはできなかった。  ロビーで舞游とは別れ、僕は玄関扉に向かって左方向――東へ伸びた廊下に這入った。廊下の左手に不規則な間隔をおいて扉が並んでおり、それぞれ『図書室』や『遊戯室』等と書かれたプレートが貼られている。『浴場』は奥から二番目だった。  脱衣所といい、その奥の浴室といい、簡単な銭湯を思わせる造りだ。この南館は客室が多いところからも、別荘というよりは宿泊施設のような趣がある(洋館であるがゆえに靴を履いたままというのも、ひと役買っているだろう)。浮世から離れるのが目的だのなんだのと聞いていたけれど、どうもちぐはぐな感じがするのは僕だけだろうか。
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