34人が本棚に入れています
本棚に追加
舞游が僕の膝に乗り上げて窓に顔をつけ、女の子を眺めている。彼女の云うとおり、女の子――杏味ちゃんはいささか作り物めいた感すらある、見るからに生粋のお嬢様だった。佇まいからして育ちの良さを窺わせる清潔さがあって、笑うときにさりげなく手を口元にあてる仕草ひとつ取っても優雅である。
「私はあの子には嫌われているみたいなのよね」
霧余さんが呟くように云った。
「そうなの? どうして?」
「前に一度だけ会ったのだけれど、はじめから好感は持たれていなかったわ。私の性格がどうこうというより、有寨の恋人だってポジションを面白く思ってないんでしょうね。いずれにせよ、難しい子よ。気を付けるといいわ」
杏味ちゃんは現在高校一年生で僕と舞游よりひとつ下ということだが、僕らのような一般庶民があのひと目で高貴な身分と分かる女の子にどう接したら良いかというのはたしかに難しい。舞游はきっとなにも気にせず、四日間で数えきれないほどの粗相を起こしそうだが。
杏味ちゃんと彼女の母親と有寨さんはしばらく正門の前で話していた。いい加減に舞游が退屈退屈とうるさくなってきたころにようやく母親とお手伝いさんは家の中へ戻っていき、荷物を受け取った有寨さんと杏味ちゃんが車にやって来た。
扉が開かれ、僕は杏味ちゃんが座れるように奥に詰める。彼女は僕と、僕越しに舞游とを一瞥、さらに霧余さんを見てから再度僕に目を向けるとぺこりと頭を下げた。
「巻譲杏味です。よろしくお願いしますわ」
嘲笑でもされるのではと思っていたが、考えてみればしっかりとした教育を受けているに違いない彼女がそんな礼を失した真似をするはずもなかった。霧余さんが嫌われているみたいだと云ったのだって、面と向かってそう告げられたのではないだろう。
僕も自己紹介を返そうとしたが、それは舞游の「おお、絵に描いたようなお嬢様だ」という失礼極まりないひと言に遮られた。
最初のコメントを投稿しよう!