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「その環楽園というのは有寨さんの命名と聞いたんですけど、外見にちなんでいたりするんですか? たとえば敷地が円状であるとか」
気になっていたことを訊いてみた。
「そうだね。構造が環状であるから、そこから取っている」
「環状……と云うと建物がドーナツ型なんですか?」
霧余さんがくすくすと笑った。
「そんなユニークじゃないわよ。形はそうね、――の形をしているわ」
肝心なところがよく聞き取れなかった。だがそれで訊き返そうとしたところで「すぐ分かるわよ、結鷺くんにも」と云われてしまい、その話はそれきりとなった。
3
環楽園に到着したのは午後八時であった。途中で休憩を挟んだとはいえ、こんなに時間がかかってしまったのは、山に入ってからの道が険しかったからである。
環楽園があるのは山の奥深くで、そこまでの道はろくに整備もされておらず、電灯もまばらで、鬱蒼とした木々に両端を狭まれ、さらには雪も降っていた。車のヘッドライトが数メートル先までを頼りなく照らすのみという暗闇の中で車を走らすのは、相応に慎重を要したわけである。
昼間ならもっとマシだろうし夏ならさらに問題ないのだろうが、それでもどうしてこんな不便な場所に別荘を構えたのだろうか。それは杏味ちゃんによると、別荘とはいわば隠れ家のようなものなのだから、世俗から隔絶されたような辺鄙な場所こそ相応しいという考えあってのことらしい。大企業のトップともなると安息の場にそういった要素を求めそうとは分からなくもないし、金に飽かせて広い土地を買い取るとなればこういう場所になってしまうというのも頷ける話ではある。
覆い被さるように茂っていた木々がなくなり、暗闇の中ながらも不意に視界が開けたと思ったのが、すなわち到着の時だった。薄く積もった雪の上を車が徐行するにつれて、目の前に聳える屋敷のシルエットが徐々に浮かび上がった。
荘厳とした洋館だった。闇と雪に紛れることなく、いっそう黒々と佇んでいる。その威圧的な雰囲気は恐ろしくもあった。杏味ちゃんの言のとおり、現世とは違った異世界のような場所に迷い込んでしまったのではないかと嫌でも想像させられた。
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