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当然すぐに教師から注意されたのだが、彼女はその人形を鞄だと云い張った。それは咄嗟の云い訳ではなく本当で、縫い目が荒いと思われていたところは中に仕舞った教科書類や筆記用具等を取り出すための口だったらしいが、生意気な態度に腹を立てた教師は人形を取り上げようとした。すると彼女はいきなり鋏で自分の髪を滅茶苦茶に切り始めたのである。その様子があまりに鬼気迫っていたのでついに教師も手を出せなくなり、この時点で彼女の奇行についてはあまり咎めない方が良いという共通認識が生まれた。
彼女は集団行動ができなかった。協調性に欠けていたのはもちろん、まともなコミュニケーションをそもそも取ろうとしていなかった。授業をサボって校内のどこか人気のない場所を徘徊しているのも頻繁だったが、その方が授業の進行を妨げられないで済むからだろう、教師も大半がそれを黙認しているという有様だった。下手に注意したりからかったりすると彼女は自分の髪や衣服を切り裂いたり血が出るまで全身を引っ掻き回したりし出すので、たしかにそれが賢明と云えた。
また、その言動から推し量られる趣味嗜好もかなり奇抜だった。二言目には殺人だの流血だの、とにかく物騒な語彙が多用された。意味内容はいまいち分からないのだが、猟奇趣味……というやつだろうか。いつも手にしている小説や漫画本の類も、そういったおどろおどろしい内容であると題や表紙から容易に想像されるものだった。ただ、奇異であるのに違いはないけれど、根暗な印象はまったくなく、むしろ派手だった……エキセントリックな振る舞いが目立つのだから当たり前である。情緒不安定とはいえ、それは喜怒哀楽に富んでいるという見方だってできるのだ。
しかし、そんな強烈な個性の持ち主である馘杜が僕と肉体関係を持ったなんて触れ回っているのは、一体どういうことだろう。彼女とは対照的に、僕は没個性もいいところの、それこそ地味な人間である。自分が目立つような事態を極力回避しながら生きてきただけに、今朝それが一変して話題の的とされてしまったのはとても歓迎できる話ではない。
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