序章:福音

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 まず下駄箱を確認したが、馘杜の靴は中に納まっており、帰ってしまったり、そうでなくとも外に出掛けてしまったりしているのではないと分かった。上履きのまま外に出るくらい彼女ならしそうだけれど、とりあえずは校内を調べるのを優先して良いだろう。  それから理科室や家庭科室等の特別教室が集められている棟や上履きのまま出られる中庭、講堂や体育館や図書室や資料室……と思い当たる場所を片っ端から当たっていき、ついに彼女を発見できたのは屋上へ通じる階段でだった。この高校は屋上が解放されていないからその場所は盲点だったのだが、彼女は南京錠をかけられて閉ざされた扉の前に座って本を読んでいた。 「あ、結鷺(ゆいさぎ)」  僕の姿を見とめた彼女は不思議そうに首を傾げた。 「どうしたの? もう一時間目始まってるよ」  すっとぼけたようなことを云っている。 「知ってるよ」 「不良だー」 「馘杜だって同じだろ。でもお前、授業が始まってるとか、そういう意識あるんだな」 「当たり前じゃん。馬鹿にしないでよね」  学校中を探し回ったせいで主に精神的に疲れていた僕は階段を上がり、馘杜の隣に同じく座った。一日中日陰にあたる床はひんやりとしていて気持ちが良かった。 「いまこの短時間で即座に推理したんだけどさ、もしかして結鷺、私のこと探してた?」 「ああ、大した推理力だな」  皮肉は通じないらしく、馘杜は「あは。でしょー」と笑って胸を張った。  改めてその姿を眺める。事あるごとに乱雑に切られている髪は整えられもせずそのままで、全体的な長さも女子の割には随分と短い。あどけない表情を浮かべた顔は若干少年っぽいが、二重の瞼や桜色の頬や小さく艶やかな唇はこの年頃の女の子らしい色気を持っていると云えなくもない。ベージュの垢抜けないセーターをルーズに着ており、袖からは指先がわずかに出ているだけの一方でスカートの丈はやけに短い。わざとなのかは分からないけれど、左右の靴下の長さが別々だった。 「馘杜が僕と肉体関係を持ったなんて触れ回っていたと聞いて、それで探してたんだよ。お前、本当にそんなこと云ったのか?」 「うん。めっちゃセックスしたって云いふらした」
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