序章:福音

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 雑談をしているうちに、僕らの目の前に一台の車が停まった。白のワンボックスカーである。運転席から下りてきた男性を見た舞游は右手をぶんぶん振り回して「お兄ちゃん、久しぶり!」と云った。待ち合わせは上手くいったようだ。 「やあ、舞游。髪がだいぶ伸びて、女の子らしくなったね」  背の高い人だった。百八十センチはあるだろう。藍色のコートがよく似合っている。黒い髪にはゆるいパーマをかけていて、端正な顔つきは中性的。挙動や口調は流れるようで、想像していたよりもずっと爽やかな雰囲気をまとっていた。舞游だって容姿は優良な方だが、まさかお兄さんがここまで格好良い人だったとは……。  名前は聞いている。馘杜有寨(ゆうさい)。  有寨さんは僕に目を向けると、ニヤニヤと笑った。これも嫌らしい感じではなく、やはりどこまでも自然だ。 「結鷺觜也くんだね。舞游から話は聞いているよ。今回はよく来てくれた。まず礼を述べておこう」 「いえ、そんな。こちらこそ、しばらくお世話になります」  軽く頭を下げると、隣で舞游が「うわ、觜也、私といるときと全然違う!」なんて余計な言葉を発した。……相手は三つも年上なんだから当然だろ。 「はは、そう堅くならないでも結構だよ。四日間生活を共にするんだ、その調子じゃお互い息が詰まる」  有寨さんは車のトランクを開けた。 「さあ、こんなところで話していても始まらない。早速出発しよう。荷物はここに入れてくれ」  僕と舞游は指示どおりに荷物を収め、車の後部座席に乗り込んだ。舞游が運転席の後ろ、僕が助手席の後ろである。助手席には既に女性が座っていて、こちらに振り向くと「私が霧余(きりよ)。よろしくね」と云った。  華際(かぎわ)霧余。有寨さんの恋人らしい。ボブカットの黒髪、切れ長の目、高い鼻、微笑を浮かべた口元、どこか蠱惑的(こわくてき)な化粧。有寨さんと同じ二十歳だというが、それ以上に大人びた印象である。パリッと乾いた白シャツを着ており、肩には黒の革ジャンをかけている。 「わあ、写真で見るよりさらに美人さん」  舞游が感心したように洩らすと、霧余さんはくすりと笑った。 「貴女もキュートよ」  舞游は得意そうな顔を僕に向けて「私、キュートだって」と自分を指差した。云われなくても聞いてたよ。  車が発進した。
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