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「これから最後のひとり、杏味を迎えに行かなきゃならない。彼女を拾って初めて役者が揃うわけだ」
有寨さんの運転は安定していた。舞游から散々、有寨さんは変人と聞かされていたけれど、いまのところはいたって普通、それどころかかなりしっかりしている。会ったばかりで判断するのは早計かも知れないが、現時点では彼が舞游を凌いで『ぶっち切って』いるとは想像もつかない。となると、舞游はいたずらに僕の不安を煽って楽しんでいただけなのだろうか。当の彼女は運転席と助手席の間から顔を出して、
「ねえ霧余さん、お兄ちゃんと付き合ってて楽しい?」
えらく無遠慮な質問をぶつけている。霧余さんの方はそれでも動揺したところはなく「そうね。貴女のお兄さんは素敵よ」と答えた。大人の余裕というのもあるだろうが、元来が飄々とした性格らしい。しかし彼女も彼女で、やはり奇人と呼ぶまではいかないふうに思われる。
「貴女の彼の方はどうなの?」
霧余さんの切り返しにより、突如として僕が話題の対象とされた。
「觜也? あは、彼だなんて」
「あら、違うの?」
霧余さんは僕に視線を投じた。「友達ですよ」と答える。
「それに觜也を素敵とは逆立ちしたって云えないからなー。觜也って根暗だし根性なしだしユーモアが分からないしニヒリストだしクールぶってるくせにどっか抜けてるとこあるし友達甲斐もないしダメダメだもん」
「でも好きなんでしょう?」
「え?」
舞游は虚を衝かれたように間抜けな声をあげ、それから「んー」と首を傾げた。
「そりゃあ好きだけど。友達だし」
「その友達というのだって、今後どう変わるかは分からないわよ。もっとも……」
霧余さんは含みありげに微笑んだ。
「永遠に変わらないものだって、あるけれどね」
巻譲杏味ちゃんの家は豪邸だった。いわゆる高級住宅街の中にあって、それでもひときわ立派であった。有寨さんがインターホンを押して五分ほど経った後に正門から現れたのはいかにも上等そうな毛皮のコートを着た女の子と、その母親らしき綺麗な女性。もうひとり恰幅の良い中年女性がいるが、この人はお手伝いさんなのだろう、荷物を抱えているのも彼女だった。
「お人形さんみたいな子だね」
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