一年前

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一年前

 黒丸はあの後屋上から出て遠回りしながら実家に戻った。実家の玄関を開けると里穂が待っていた。  「お帰りなさい。」  「……おう、ただいま。」  誠に殴られてから気まずかったので、声をかけられまた動揺してしまう。靴を脱ぎ、家に上がる。ご飯のいい匂いがする。この匂いは焼き魚だろうか。  「奏介」  後ろから呼び出される。黒丸は後ろを振り返り里穂を見つめる。里穂は暗い顔をしていた。  「ご飯食べたら外に行こ。話したいことがあるんだ。」  嫌な予感がした。  「分かった。」  里穂と一緒に食卓へ向かい、焼き魚を食べる。味は微かにある。  里穂がこれから自分に何を話すのか気になっている。誠に殴られた時何も抵抗せず殴られ続けた自分の弱さを知り冷めてしまったのか。それとも里穂の中にいる子供についての話なのか。  しかし明日自分は死ぬのだ。どうでもいいような気持ちも混ざっていた。  親になる責任も、いつまでも自分を離さない忌々しい過去も、何も考えなくて済むのだ。  一番先に食べ終わり、黒丸はテレビを見る。五分後ぐらいに里穂がやって来る。  「じゃあ行こっか。」  「うん。」  いつもと比べると明らかに里穂は暗い口調だった。  母にどこに行くのか聞かれたが、もうどうでもよくなった。    外を出ると暗く冷たい夜が広がっていた。  「何か話があるのか?」  歩きながら里穂に尋ねる。  「あのさ、青原さんも言ってたんだけど、奏介は過去に何をしたの?」  里穂に過去について聞かれ、ドキッとした。いつもならいい感じに誤魔化すが、明日死ぬのだ。黒丸は正直に答えることにした。  「二十一年前、二人の同級生が建設中のショッピングモールから落ちて死んだんだ。」  「知ってる。今日調べた。私が知りたいのは、この自殺にあなたはどう関わっているの?」  里穂がこの事件について調べていたのに多少驚いたが、黒丸は淡々と話すように心がけた。  「昨日俺を殴った青原っているじゃん。あの青原のお姉さんが自殺したのは分かる?」  「分かる。青原さんが第一発見者なのも分かる。」  「姉は俺と同じクラスで、青原美緒って言うんだけど。美緒は俺が殺したんだ。」  「え?」  黒丸があまりにも変わらない口調で話すので、里穂は聞き逃しそうになった。  「殺したの?」  「ああ」  里穂は歩くのを止める。数歩先に進んだ黒丸は無表情で後ろを振り返る。  「俺は怖くなってそのままその場から逃げたんだ。そしたらそれを美緒の弟が見ていて通報した。幸い小六の子供の主張は重要視されず、自殺で処理されたんだ。」  「待って、頭が追いつかない。」  里穂は黒丸がそこまで深く関与しているとは思わなかったので、心の準備ができていなかった。  そんな里穂を置いていくように黒丸は話し続ける。  「もう一人自殺した千川はいじめっ子でね。千川は美緒をいじめてたんだ。ある日いじめがエスカレートして美緒の弟を千川が襲ったんだ。」  確かに誠が足を引きずっているのをスーパーで見たことがある。  「だから警察も美緒が千川を殺し、罪に耐えきれずにその場で命を絶ったと解釈した。でも殺人事件とただの自殺だったら殺人事件の方が処理が大変だろ、だから自殺ってことにして二人の物語を終わらせたんだ。」  里穂は真剣に黒丸の話を聞いた。  「じゃあ私のお腹の中にいる子供は犯罪者の血が流れてるってこと?」  真っ先に聞いておかなければならなかった。もう里穂は母親になっていた。  「申し訳ないけど、そうなるね。」  黒丸はあっさりと認めた。その黒丸の態度を見て嫌悪感を抱く。  「あなたなんでそんなに平気なの! この子のことはこれからどうするつもりなの!」  「どうもしないよ。もうどうでもいいんだよ!」  黒丸は里穂を突き放す。突き放されたことの悲しみとその他の色々な感情が混ざり合い、里穂は涙を流してしまう。でもこのまま取り乱さないよう自分に鞭を打つ。  「あなたは……、奏介は……! 親になるんだよ!」  流石に明日死ぬつもりだと言えば里穂が止めに来るだろうと危惧した黒丸は、死ぬことを言わないようにした。  「もう俺は限界なんだよ! ずっとずっと罪に耐えてきた!」  黒丸は本音を言ってしまった。今まで里穂に言えず、誰にも言えなかったことを解き放った。無意識に涙が頬をつたる。  「今までずっと罪から逃げてきた! 最初は自分が殺したからバレたくない、バレたら終わる、そんな思いで今日までやってきた。でも、段々と罪悪感が大きくなって! なぜあの時罪を償わなかった、なぜあの時美緒と一緒に死ななかった、そんな後悔が俺を支配していった! でも過去を捨てることなんて出来ない、だから俺は明日罪を償う!」  感情的になり、ついに明日罪を償おうとしていることを喋ってしまった。  里穂は泣きながら黒丸を見つめる。  「罪を償うって何? どうゆうこと?」  「それは……」  「どうりでこんなに感情的になってるわけだ」  里穂は黒丸がしようとしていることに勘づいた。いつもは感情的に話すのは里穂で、冷静に聞き手に回るのは黒丸の方だが、今は逆になっている。  「もう勝手にすればいい。無責任にも程がある。嫌いになった。でもこれだけは忘れないで欲しい、どんなことがあってもあなたはこの子の父親なの!」  膨らんでもいないお腹を触りながら里穂は言う。  黒丸は死ぬことを告げたら里穂がなんとしてでも止めるものだと思っていたが、あっさりと認められて困惑する。  「いいのか、子どもは一人で育てられるのか」  「大丈夫! だって私強いもん!」  涙を流しながら、ぎこちない笑みを見せる。  おそらく今まで自分のわがままを嫌な顔せずきいてくれた黒丸への少しのお返しであった。  黒丸は気づいたら里穂を抱きしめていた。  「ごめん、ごめん……!」  抱きしめられた途端里穂は涙を堪えるのが耐えられなくなっていた。  しばらく里穂は泣き続け、泣き終わったら実家に帰った。  実家の布団で眠りにつこうとする。  「奏介のこと今まで本当に愛してたよ……」  里穂は独り言のように言った。  「……うん。」  黒丸は目を瞑ったが、眠れなかった。  そして次の日になった。
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