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二十一年前
千川のいじめが日常のように慣れ始め黒丸は何もせず関わらないようにすることに常に気を配っていた。なるべく千川の目につきたくはない。
いつものように授業が終わり、部活に向かおうとした。
「新田、部活行こうぜ!」
新田のバッグを掴み強引に新田を引っ張る。しかし、バッグが急に重くなった。
黒丸が振り返ったら、新田はその場から動こうとせずただ立っていた。
「どうした?」
新田は小声で言った。
「美緒さんがいじめられているのを見て見ぬフリをするのは違うと思う。」
黒丸は驚いた。皆美緒のいじめに見て見ぬフリをしていた。学校以外でも美緒のことについて触れようとしなかった。それが暗黙の了解だと思っていた。
「俺もそう思うけど、でも青原さんがいじめられている理由なんて分からないし、変にお前が関わる必要なんてないよ。」
黒丸は自分で言っていて恥ずかしかった。見捨てるということを美化した内容であった。黒丸はまた無力さを感じる。
「ごめん、先行ってて。俺青原さんのところ行ってくるから」
「ちょっ、待てって!」
黒丸の言葉も虚しく新田は階段を降りて美緒のところに走って行った。黒丸も頭を抱え考えてから新田の後を追った。
「青原さん!」
下校しようとしている美緒を呼び止める。美緒は驚いた様子で後ろを振り返った。
「なんで千川に酷いことされてるんだ?」
黒丸は美緒にストレートに聞いた。美緒はそれを聞くなり歩くのを始めようとした。
「ごめん! 青原さんのこと見て見ぬフリをして!」
新田は再び呼び止めた。
美緒は歩くのを再び止めた。黒丸は自分のデリカシーの無さに恥ずかしくなった。
「いいよ。謝らなくて。皆次は自分じゃないかって怖いんでしょ。」
不思議と嫌味を言っているようには聞こえなかった。久しぶりに聴いた美緒の声は少し掠れていて、あまりにも元気のない小さな声だった。
美緒は自分を見捨てたクラスメイトの心境を理解していた。
「青原さん、俺もごめん!」
黒丸も慌てて謝る。
美緒は少し困った顔を見せた。
校門の裏に移動して三人で話すことにした。
「結局なんで千川に目をつけられたんだ?」
優しい口調で黒丸は問いかける。一瞬美緒は言うのを躊躇い、そして口を開けた。
「千川君は私のせいで足にキズを負ったんだ」
千川は元サッカー部で中学一年の頃からベンチ入りをしていた期待のルーキーだった。しかし、一年の春にサッカー部を退部している。
「一年の冬にね、私が夜遅くまで学校勉強してて暗くなったから帰ってたの。そしたらサッカー部の練習が終わって下校していた千川君と一緒だったの。
お互い家が同じ方向だったんだけど話したこともないから喋らず一定の距離をとって帰っていたの。
そしたら私の前に不審者が来て、私の制服を包丁で切りつけたの。」
先生たちからその時の話は聞いていた。最近包丁を持った不審者がいて夜は注意して帰るよう指示があった。そしてその指示の数日後千川が不審者に刺され、怪我をしたという報告もあった。不審者対応教室が学校で緊急で開かれ、全国ニュースにも報道された大事になった。
その傷が原因で千川はサッカーを辞めざるを得なかったと黒丸と新田は聞いていたが、そこに美緒が絡んでいるとは思わなかった。
「私が切り付けられたのを見てすぐに千川君が向かってきたんだけど、足を包丁で深く刺されて。それを見て犯人はすぐに逃げたの。」
幸いにも犯人はその後捕まっている。犯行の動機は死刑になりたかったから。ニュースで何かの専門家がその動機を下らないと一蹴していた。
「千川君は私が救急車を呼んでその日のうちに手術をしたんだけど、サッカーをしようとしても前みたいに調子が戻らなくて辞めたの。
だから私のせいなの。私が千川君からサッカーを奪ったから。」
美緒は泣くのを堪えて事の発端を話した。黒丸と新田は続く言葉がなく沈黙が続いた。
「でもいじめは良くないだろ。それが青原さんをいじめていい理由にはならないよ。」
新田が沈黙を破った。
新田の言葉は偽善のように感じた。はたして陸上という競技で自分も足に怪我をしたら、いじめをしないのだろうか。黒丸は自信が持てなかった。
「なんの話してんだよ!」
すごい大声がした。声の主は千川だった。一瞬で場が凍りつく。
「新田。お前首突っ込んで来てんじゃねぇよ! これは俺と青原の話だから!」
新田の肩を突き飛ばす。力加減が分かっていないかなりの力だった。
「新田君は関係ない。私が新田君に話を聞いてもらってただけ!」
千川は少し落ち着いて新田の方に寄っていく。
「明日学校来いよ。」
新田の耳元でそう呟いて美緒の髪を引っ張って去って行った。
黒丸は傍観者のように何も出来ずにただ見守ることしかできなかった。
自分の無力さを感じた。
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