一年前

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一年前

 店内で走り回っている子供たちは高齢の主婦たちの間を掻い潜り、次へ次へと店内を探検している。  しかし子供たちの前に一人の店員が読み通りと言わんばかりに堂々と壁となって立ち塞がる。  どこか大学生のようなその店員はこの田舎の大きくないスーパーの店長だった。青原誠という名前からも溢れ出る誠実さが顔にも出ている。  地元のおばさんたちが働くこのスーパーで、若いからという理由で店長に瞬く間に出世した誠は、不慣れだがなんとかこのスーパーを切り盛りしている。  三十二歳にもなる誠はこのスーパーで働きながら歳をとって地元で一生を終えるとどこか自分で決めているところがあった。  「そこまでだ。店内は走り回ったら他のお客様の迷惑になるだろ。」  子供たちを叱らず優しく注意する。子供たちは少しシュンとし「はい。」と言って自分のお母さんのところに戻っていく。誠は慣れているようだった。  足を引き摺りながら自分の持ち場に戻っていく。店長といえど従業員が少ないため店長自身も品出しをしている。  「あのー」  誠は振り向いた。そこには初めて見る自分と同じ年齢ぐらいの女性がいた。  「どうかしましたか?」  「あっ、あのポテトチップスってありますか?」  「あっポテチですね。ありますよ。」  女性をポテトチップスの場所まで案内する。結婚指輪をしているのを確認した。  「あの、この村にどういったご用件で来たんですか?」  「え?」  村で一つだけあるスーパーの店長なので、大抵の住民の顔は知っているつもりだった。誠は初めて見る女性に興味深々であった。  「あまり見ない顔だったので、観光しに来たのかなと。」  「いや、観光といいますか、妊娠の報告を夫の実家に。」  「妊娠してらっしゃるんですか!」  「はい、七週目でして。」  女性は誠の溢れる誠実さにどこか安心してついデリケートなことを話してしまった。  「あーだからポテチを! 妊娠してる時無性にポテチが食べたくなる女性多いって聞きますもんね!」  女性はどこか安堵したかのような顔をした。どうやら体重を気にしていたらしい。  誠は既婚者の女性にズカズカと詰め寄る。元サッカー部なので、女性と話す時緊張しないのだ。  「夫さんって何歳ぐらいですか?」  「今年三十五になります。」  「僕の姉と一緒だ。」  「そうなんですか?」  誠も女性に安心したかのように情報を渡す。  「姉さん俺が小六の時死んじゃったんですよね。生きてたら今年で三十五なんですよ。」  「あっ、ごめんなさい」  女性は気を遣って申し訳なさそうに謝った。  「いえいえ、もう何年も前のことですので  じゃあ姉さんと夫さん同じクラスかもですね。この辺学校一校しかないし」  「そうかもですね!」  「夫さんの名前は伺ってもいいですか?」  「黒丸奏介です!」  盛り上がってた場が一気に冷めた。誠は驚きの表情が隠せなかった。  「どうかしたんですか?」  女性が誠の顔を覗くと、誠はすぐに笑顔に戻り  「ポテチレジまで持っていきますね!」とすぐに話を切り上げ仕事に戻った。  黒丸奏介。忘れもしない名前。自分の姉を殺した犯人。  誠は見ていた。姉が死ぬ現場を。  黒丸奏介・新田悠。この二人が姉の命を奪った。  黒丸は工事中の建物から実家に帰った。帰り道何かに取り憑かれたかのように新田について考えていた。性格や見た目の変化、まるで別人であった。  実家に帰るとポテチを食べてる里穂が待っていた。自分の家かのようにくつろいでいる姿を見て苦笑した。  「青原さんって人分かる?」  里穂から突然そう聞かれた。黒丸は動揺したが表情には見せなかった。  「どうして?」  「今日スーパーで話しかけられたの」  黒丸の両親も会話に参加する。  「若いのに店長やってる子よね。大変だわ」  「えー店長さんだったんですか? あんな若いのに? 見えなーい!」  「それでそいつがどうかしたの?」  黒丸は焦りながら問い詰めた。気づかないうちに言葉が乱暴になっていた。  「なんか青原さんのお姉さんが奏介と同じ中学だったみたいな話を聞いたの」  「美緒ちゃんだったかしら。確か亡くなってるわよね」  母が割って入ってきた。黒丸は会話の行き先を見守っている。  「なんで亡くなったんですか?」  「自殺よ、自殺」  里穂に知られてしまった。美緒の自殺が。  「奏介。あんたその時同じクラスだったよね」  「あっああ、でも何年も前の話だろ。覚えてないよ」  「へぇーそうなんですか。あの人も大変だったんだ」  黒丸はその後の夕飯の味を覚えてない。風呂も熱いはずなのに震えが止まらなかった。  実家に帰っただけでなぜこんなにも思い出したくもない、必死に忘れようとした過去を思い出さなければならないのか。  いずれ里穂にもバレるのだろうか、  美緒を殺したことを。
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