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「あんちゃん、よう来てくれたなあ。おっちゃん感謝するで」
柏木はこうたろうの手を握った。しかしするすると手ごたえがない。
「あなたの願いが叶う時が来ました。最後に何か願いはありませんか?」
「11レースまで惜しいけど取れなんだ。最終でみんなに恩返ししたい。雨でも降ればわしの展開になるんやけどなあ」
最終レースの脚見せが始まった。柏木は空を見た。
「ああ、やっぱ4やな、固うまとまる。最後まで尽きに見放されたな」
金原は観客席の最上段から柏木を見ていた。
「癪」
癪が柱の罅から出て来た。
「癪、この上に大雨を降らせるよう雷神に頼んで来てくれ」
癪が一直線に天に上って行く。すると俄かに曇り出した。雷が屋根に落ちた。すぐに激しい雨となる。
「おおっ、雨や雨や、大雨や、これで5と6が行ける。雨降りならうちの展開通りや」
レースがスタートした。5と6が仕掛けた。ジャンが鳴る。
「行けー、行くんやー、そのまま、そのまま」
柏木の予想が大的中した。しかし柏木がバックストレッチ側から動くことはなかった。ビール箱の周りには柏木にご祝儀を振る舞う客でごった返している。
「おっちゃんどないしたんや、初めてこんな大穴を当てた癖にどこに隠れてん」
「初めてやから恥ずかしゅうて出てこられへんのやんけ」
客は柏木をからかい笑った。場内スピーカーから蛍の光が流れる。西宮競輪場最後のアナウンスが流れた。
「大変や」
売店のおばちゃんが警備員室に駆け込んだ。
「どうしました?」
「予想屋の柏木さんが倒れとる。バックストレッチ側です」
警備員が走って向かう。柏木の横には金原仙人がいた。
「柏木さん、柏木さん」
警備員が身体を揺する。
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