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「青木さん、こっちに警察が向かっとるわい」
「ほんまけ?」
「窓口で買うた買わんのもめ事があったみたいです」
「おい小僧、車券を出さんかい」
若い男は車券を出した。青木が毟り取るように車券を奪った。ファンが一斉に岐路に就く。ポケットの外れ券を上に放り投げる。花吹雪のように客席を飛んで行く。足元は外れ車券の絨毯である。それを拾って歩く二人連れの浮浪者がいる。買い間違いが当選する場合がある。
「車券を渡さんでも良かったのに。なんぼ買うとったんやい」
「五百円です」
「しょーとろしい。8千円付いとる、4万になったやんけ。お兄さんはギャンブル初めてやな、まあしゃあない、授業料や思て諦めるんやな。知らん人に声を掛けられても、知らん振りしとるんやどこれからは」
柏木は家路に就いた。二軒長屋の借家に暮らしている。玄関の鍵は閉めっ放しで縁側から出入りしている。雨戸を閉めようとするとさっきの若い男が立っていた。
「どないしたお兄さん?礼やったら要らんよ」
柏木は雨戸を締め切った。風呂に火をつけて冷酒を一杯煽る。気になって雨戸を少し開けて外を見るとまだ立っていた。
「何してんだ?わしに用があるんけ?」
「帰るとこがないんです」
「そんなんわしの知ったこっちゃあらへんやろ。交番に行ったら電車賃ぐらい貸してくれるさ」
そうは言ったが声を掛けたのは自分が先だった。
「まあ上がんなさい。玄関開けるから表に回りなはれ」
内回し錠を開けると男が頭を下げて入って来た。柏木は万年炬燵に案内した。
「飯台と炬燵の間に股引が挟まっとるからいらわんといてな」
若い男は頷いた。
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