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「先ずあんたの情報を教えて。名前と住所とか?わしは柏木や」
「こうたろうです」
「ほう、偶然やなあ、うちとおんなじ名前や。字は?」
「それが分からないんです」
「分からんって、どういうこっちゃ?それじゃ苗字は?」
「すいません」
「すいませんって」
柏木はやっかいな若者と関わってしまったことを悔やんでいる。いつものように見て見ぬふりをしていればよかった。
「あのなあ、嘘を吐いて同情を誘うて、暫く宿代わりにここにおりついてしまおうって考えなら止めとけや。電話一本で恐い兄さんが駆け付けるど」
柏木は牽制した。
「嘘は吐いていません。でもご迷惑ですよね、出て行きます。申し訳ありませんでした」
こうたろうは立ち上がった。玄関で靴を履いて一礼して出て行った。柏木はその様子をじっと見ていた。こうたろうが玄関出て数秒してから立ち上がった。玄関を開けるともう姿は見えない。通りまで一本道だから見失う筈はない。柏木は突っ掛けを穿いて通りまで走った。左右を見たがこうたろうの姿はない。家に戻ると急に胸が痛んだ。心筋梗塞である。
「神様、もう一日、もう一日命を延ばしてください。明日西宮最後の日です。ファンに大穴を取らせてやりたい。お願いします」
苦しみながら神頼みをした。畳の上を転げ回る。そして段々意識が遠のいてきた。
「ちょっと失礼」
焦げ茶色のハンチングを被り黒っぽい服を着た男が柏木の額に人差し指を当てた。胸の痛みが一瞬で消えた。
「序に寿命を読んでしまいましょう」
天中から山根までをゆっくり滑らせる。皺の谷間を一本飛ばしたので後戻りする。
「うん、いいでしょう。神には告げずに私の裁量でやってあげましょう」
痛みが引いて柏木は胡坐を組んだ。変な男に首を傾げた。
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