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 そうだろうと思ってはいたが、住人は他にもいるらしい。だが彼女は先刻、此処は実家ではないとも云っていた。 「その人達は、家族ではないのでしょうか」 「違いますね。此処で生活している者は私も含め、皆が尼僧(にそう)でございます」 「花帯さん、尼さんなんですか?」  少なからず面食らった。たしかに奥ゆかしい感じがそれらしいと云えなくもないけれど、僧侶とは予想だにしていなかった。 「と云うことは、此処は寺なんですか?」  もっとも、今いるこの建物は僧房ということになるのだろうが……。  しかし花帯さんは首を横に振った。 「寺院と申しますと少し異なります。奥に御堂はありますが、もとはこの地方を治めていた大地主の屋敷であったのを、私共が僧堂として使用しているという事情なのです」 「寺ではない……。でも花帯さん達は此処に出家しているんですよね」 「そうなります」  寺ではない以上、参拝客が訪れることはないのだろう。つまり花帯さん達はこの山奥の屋敷を使って修行生活をしている……俺は仏教にあまり造詣(ぞうけい)が深くはないので滅多なことは云えないが、それは特殊な事例ではないだろうか。 「あの……それで正しい修行が行えるものなんでしょうか?」 「問題ありません」  花帯さんは断言した。 「あ、奥に御堂があると云いましたね。じゃあ本尊はそこに……」 「白蓮(はくれん)様!」  俺の台詞(せりふ)は、不意に右手から聞こえてきたその声に遮られた。そちらに振り向くと、俺が這入ってきたのとは別の引き戸が開いており、そこに肌襦袢のみを身に着けた少女が行灯を提げて立っていた。彼女は目を丸くして俺を見詰めている。 「白蓮様……」  少女がまたそう呟いたとき、今度は「泡月(あわつき)!」と鋭い叱咤(しった)の声が響いた。見れば花帯さんが居住まいはそのままに目つきだけを厳しくし、少女を睨んでいる。かなりの気迫が感じられ、俺まで萎縮してしまった。 「このかたはお客様です。山で遭難していたところで此処に辿り着かれたのです」  泡月というらしい少女は事態が上手く呑み込めないようで、混乱がありありと表情に表れている。 「それから泡月、この時間にどうして起きて来たのですか」 「え、えーっと、お小水に……あ、そうだったっ」
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