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当初の目的を思い出した泡月ちゃんは、戸も閉めないままとたとたと廊下を駆けていった。おそらくその途中で話し声を耳にして此処を覗いたのだろう。
「みっともない姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
花帯さんは一度立ち上がって戸を閉めてから、頭を下げた。
「いえ、そんな……。でも、あんなに若い子も此処に出家を?」
泡月ちゃんは背も低ければ顔立ちも幼く、可愛らしいおかっぱ頭も手伝って、下手をすればまだ小学生じゃないかと思われた。実際は中学生くらいだろうが、それでも俗世間を捨てるには早すぎる。
「ええ。此処にいる者の中では泡月が最年少です」
「親御さんに連れられて来たんでしょうか?」
「いいえ、彼女に親はありません。彼女は自分でこの道を見出したのです」
どうやら複雑な事情がありそうだ。今の一幕だけでは、そんな重いものを背負っているようには見えなかったが。
そこで俺は、花帯さんも此処に家族はいないと云ったことを思い出す。それについて訊いてみると、
「私や泡月に限らず、此処にいるのは皆がひとりで自ずから仏門に入った者です。白蓮様に導かれてではありますが」
白蓮様……。泡月ちゃんもその名前を口にしていた。寝惚けていたのか、俺をその人と勘違いした様子だった。
「白蓮とは……その、花帯さん達の指導者なんですか?」
「指導者としての一面も否定はできませんが、白蓮様こそが此処の本尊様にあたるのです」
「……どういうことでしょう?」
「白蓮様は菩薩様であられるのです。これはもとの意味である〈修行者として仏道に励む者〉ではなく、まさしく如来様になられる資格をお持ちの、真理を悟ったお人……あの、まだ貴方のお名前を伺っていませんでしたね。失礼しました。お聞きしても宜しいですか?」
「紅郎です……御津川紅郎」
「紅郎様は仏教……殊に大乗仏教にはお詳しいですか?」
「いえ、情けないですけど、その方面は不勉強でして……」
「ならば分かりやすく、白蓮様は仏様であると申した方が良いですね」
俺は絶句した。突拍子もない話が次々に出てくると思っていたが、今度ばかりはすぐには受け入れられなかった。
「その白蓮という人は、この屋敷にいるんですよね……?」
「ええ」
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