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 脳内で簡単に図を描く。彼岸邸は玄関からまず真っ直ぐ廊下が伸びており、その先は回廊になっているのだ。回廊の中身はおよそ左半分が部屋で埋まっていて……俺がいるのはそのうちの一番奥だ……、残りが中庭になっている。  中庭は玉砂利が敷き詰められ、俺の部屋のすぐ近くには石碑がひとつあった。石碑はさらに小さな石で囲まれており、それらに注連縄(しめなわ)が渡されている。石碑の隣には物干し台があって、白い衣装ばかりが干されているなかで俺の服だけが悪目立ちしていた。洗ってくれたのは有難いが、ボロボロになっているのでもう着られそうにない。  空は雲ひとつない青天だ。昨晩までの雷雨が嘘のような、突き抜けた晴れっぷりである。だがその名残りは至るところに散見され、たとえば向かいの瓦屋根には飛ばされてきた葉や木の枝が張り付いている。俺が覗いているこの窓も同様だ。  腕時計を見ると、時刻は正午を回っている。昨晩寝たのが何時だったかは確認し忘れたが、随分と眠っていたらしい。しかし身体はまだ怠く、少し動くだけであちこちに痛みが走った。慣れない山登りなんてしたせいで、筋肉痛にも襲われている。自業自得か。  苦笑しながら、俺は改めて部屋の内部を見渡した。此処から見るとこちら側の八畳間は右の壁際が半分押入れ、半分床の間になっている。床の間の壁には掛軸が垂れており、なにやら梵字(ぼんじ)が書かれているが俺には読めない。  八畳間と八畳間を隔てる敷居。襖は両脇に寄せられて、その上部……天井と鴨井の間は透かし彫りの施された彫刻欄間となっている。鶴が羽を広げている見事な意匠だ。  他には箪笥や葛籠(つづら)があるだけ。廊下側の八畳間に関しては、なにも置かれていない。  とりあえず厠にでも行こうと思い、俺は布団を適当に畳んで部屋を出た。  廊下……この通りは両側をずっと部屋が続いているせいで、昼でも薄暗い。ただし夜よりは何倍もましだ。明かりのない真っ暗な日本家屋には、不気味さを感じてしまう。  向かいの部屋の戸が少し気になり、わずかに開けてみた。中は三方の壁を本棚が塞いだ書庫だった。向かいの壁の天井付近についた窓から陽光が入ってきて、埃が宙を舞っているのを照らしている。
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