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人は住んでいるのだろうか。少なくとも門構えは立派だ。外観がほとんど窺えないのでどのくらい古い屋敷なのかは分からないが、廃屋と云うまで荒れている様子はない。いや、そもそも、なんのための屋敷なのだ? こんな場所、辺鄙にもほどがある。
あるいは、俺は知らず知らずのうちに山を抜けるすぐ間近まで来ていたのだろうか。この屋敷の存在が逆説的に、此処がそう辺鄙でもないことの証明なのかも……。
……考えていても仕方ないか。いずれにしても、この屋敷に這入ってみない手はないのだ。もう俺は疲労困憊で、これ以上は歩けそうにない。この屋敷が無人であったとしても、雨風凌げる寝床が見つかっただけで僥倖以上なのだ。これで食糧があれば云うことはない。
俺は門から玄関まで続く石畳の道を進んだ。途中、なにか威圧感めいたものを感じて右手を見ると、そこには天を覆い尽くさんばかりの巨大な樹木が不気味に聳えていた。石垣の向こうはこれまで同様に木々が密に茂っているのだが、その樹木はひときわ大きかった。野放図に広がるその黒々としたシルエット……菩提樹、だろうか。
玄関まで辿り着いても、インターホンの類は見当たらない。とりあえず戸を叩いたが、この雷雨では家人がいたとしても音が届かないだろう。
仕方なく戸に手を掛けて横に引くと、少々立てつけが悪かったものの、錠は掛かっていなかった。内部に灯りは見えず、まさに一寸先は闇だ。
本当に大丈夫なのだろうか……。山の中を彷徨っていたときとは別種の不安……なにか背筋がぞっと冷えるような、そんな居心地の悪い嫌な予感が……。
そこで不意に視界がモノクロに転じると同時、これまでの比ではない、耳を劈かんばかりの強烈な雷鳴が轟いた。背後から正体不明の衝撃を感じて、俺は前のめりに倒れそうになった。片足を前に踏み出し、辛うじて持ち堪えた。
振り返って見ると、まさにあの巨大な菩提樹が倒れていく最中だった。落雷したのが丁度そこだったのだ。
樹齢数千年にも及ぶであろうその立派な大樹は軋み、悲鳴を上げながら、俺が今さっきくぐってきた門に真上から圧し掛かる。激しい雨風の音に負けない破壊音と、大地を揺さぶる重厚な振動。門と石垣の一部は潰れ、大樹の下敷きとなった。
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