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二
屋敷の玄関は横に長かった。這入るとまず長方形の土間となっており、一段高くなった板張りの床に囲まれている。正面には奥にまっすぐ廊下が伸びていて、遠い突き当たりにある丸窓が外で雷が光るたびにその輪郭を露わにする。
さて、どうしよう。はっきりとは見えないものの、やはり荒れ果てているという感じではない。人が使っている可能性は高いだろう。とすると、靴は脱ぐにしても、雨や泥で汚れたまま廊下を進んでいくのはさすがに躊躇われる。
そんなふうに立ち往生していると、正面に突然、橙色の柔らかそうな明かりがぼおっと浮かび上がった。明かりの向こうには、丸窓を背にひとりの女性の姿が見える。俺はぎょっとしたが、なんのことはない、廊下は突き当たりで左右に折れていて、そこから小型の行灯を手に持った女性が現れたのだ。
「夜分遅くにすみません。山で遭難してしまって、彷徨い歩いていたところでこの屋敷を見つけまして……」
慌てて説明を試みたが、女性は俺を訝しんでいる感じではなかった。
「それは災難でしたね。ようこそ、歓迎いたします」
女性は玄関までやって来た。楚々とした歩き方で、話し方も落ち着いている。それに美人だった。年齢は二十代半ば……俺より少し上くらいだろうか。白い長襦袢を着ており、長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。その格好も相まって、純和風な佇まいが実に様になっていた。
「有難いです」
そう云いかけて、俺は思わずくしゃみをしてしまった。安心感から気が緩んだのか、身体がぶるぶると震え始めた。
「早速で申し訳ないんですが、風呂を貸してもらえますか?」
だが女性は、これには悩ましげに眉を寄せた。
「風呂の火はもう落としてしまっていて……お時間がかかりますが、宜しいですか?」
言葉の意味が一瞬分からなかったが、すぐに思い至る。女性が行灯を提げているところからも分かるけれど、天井にざっと視線を走らせてみても案の定、照明類はない。此処には電気もガスも通っていないのだ。
「なら身体を拭くものをもらえますか? このままでは上がれませんし……」
「少々お待ちください。……お着替えもお持ちした方が良いですか?」
「あ、お願いします。荷物も山の中でなくしてしまいまして」
「分かりました」
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