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ハニトラ
パトカーが次々と到着する。
身分上顔を見られると面倒なのでパーカーのフードをかぶり直す。自分の正体を知っている警察官にだけ目で挨拶して、涼真は足早に現場を去った。
ようやくマンションに到着してソファに倒れ込んだ時、LINEの通知音が鳴った。画面をみると『パパ』と登録している衆議院議員神山修二から届いている。
『今どこにいる?』
おそらく首相官邸に向かうクルマの中から送信してきたのだろう。
『部屋』
どうせ自分の動きは聞かなくてもわかっているくせにと思いながらひとこと返信する。お互いいつどこで何をしているかわかる関係。涼真が若い頃任務で近づいて失敗した男だが、修行も大事と言って不問にしてくれた。
『また連絡する』
すぐに短い返信が来る。それには返事をしなかった。
自分はひどく疲れている。
警察では手に負えない大きな事件の情報収集に国家権力を頼る時がある。神山にすがるのは悔しかったが手段を選んでいられない。
だがその見返りに体を差し出さなくてはならない。
今の自分にはその体力がない。
疲労が涼真を深い眠りの底に誘う。何度か着信音が鳴っていたが目を覚ますことはなかった。
体を丸くして小さな寝息を立てて、暗黒の夢の中に漂う。
目を覚ました時には、外が明るくなっていた。
「あーあ…」
起き上がる気力もなくて、とりあえず床に落ちているスマホを手探りで拾う。上司からの着信履歴がズラリと並んでいるが全然気がつかなかった。
『連絡する』と送ってきた神山からは何も届いていない。
イラっときて涼真はスマホを足元のほうへ放り投げる。寝起きの頭をすっきりさせるためにシャワーを浴びにいった。
「いたっ…」
熱めの湯が左腕のなにかにふれた時、痛みが走って涼真の顔が歪む。
軽い火傷をしていた。
「……」
炎に包まれていく斎藤拓海の姿を思い出す。
まるでギャングの報復方法のような残虐さだ。Kと斎藤の間に何があったのだろう。死してなお人間の尊厳を辱めるやり方に恐ろしいほどの憎悪を感じる。
オーバーキル。彼女の熱量についていけず内ゲバが始まったのもわかるような気がした。
壁にかけてある時計を見るとお昼の0時を少しすぎたあたりだった。遮光カーテンをしていても外の明るさがわかる。
隙間から漏れてくる光をぼんやり見ていた時、着信音が鳴った。
『パパ』からだった。
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