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監視対象の男は左の横腹を抑えながら痛みに耐えていた。
「逃げるよ!動ける!?」
涼真が反対側に行き腕を肩に回す。よほど痛いのか抵抗せず体重を預けてきた。
「ついてくんなバーカ!!」
顔だけ後ろに向けて涼真が集団を牽制して、急いでビルの外に出た。
「救急車呼ぶ?」
尋常ではない汗を額に浮かべているのを見て涼真が顔を近づけて尋ねる。
「いや…、いい。ほっといてくれ」
「ちょっとごめん」
革ジャンの下に着ている黒いシャツを少し上げると、殴られた所が赤黒くなっていた。
「これ骨折れてるね。やっぱ病院行こう」
食い下がる涼真に気分を害したのか、鋭い眼光で睨んできた。
「うるせえなほっとけ」
「これを見ちゃったらそうはいかないよ。とりあえず行きたい所までは送るから」
舌打ちして男の頭が垂れる。面倒くさくなったのかなげやりに呟くのが聞こえた。
「…部屋に帰りたい」
「了解。タクシーつかまえる」
肩を借りたまま男は無言でうなずく。
しかしあの女強すぎないか?こんな強面で、ステゴロも慣れていそうな男を瀕死状態にするなんて。
殺すつもりだったんだ。
休眠状態だった新興宗教が動き出した。小さな団体すぎて見落とされていたが、Kと名乗るテロリストの母が教祖という事でやっと監視対象になった。それでもう一度全国の危険分子を洗い出して「K」が再浮上してきたのだが。
アルファベットで呼ばれるリーダー達。この男は名前はわかっている。
藤木純31歳。だがそれ以上の情報がない。
涼真がにっこり笑いながら手を上げるとタクシーがすぐ捕まる。女のような顔がこんな時役にたつ。ただ今回は隣にいかつい男がいる。それでもすぐにクルマが横付けされた。
「住所言える?僕送り狼になるから」
冗談っぽく言って男を中に押し込み、強引に涼真も横に座った。
男が自分の住むマンション名を運転手に告げる。
涼真は心配しているような顔を作って、男をクルマの揺れから守るように両手を肩にまわしてゆるく抱いていた。
その間、男は目を閉じて何も言わなかった。
雑居ビルの狭い廊下で、女がマスクを脱いだ。
「あーあ。逃げられた」
プラチナブロンドの毛先だけ青くカラーした長いウェーブの髪が揺れる。殴った拳が痛かったのか、右手をふりながら不敵に笑う。
「Jは私の獲物。Kにはあげないわ」
言い終わる頃には、全員マスクとローブを素早く脱いで、私服に戻っていた。
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