58人が本棚に入れています
本棚に追加
タクシーはすぐ近くのマンションに着く。
通称ヤクザマンション、住人がわけありな人間ばかりなので不動産界隈ではそう呼ばれている。もちろん警察も警戒して住人は把握している。
ただ外部の人間は言われなければわからない。それくらい外見は普通のマンションだった。
自分より大きい男を軽々と抱きかかえて涼真はタクシーを降りた。
「ひとりで部屋まで行けそう?」
エントランスで腕を組むように支えながら遠慮がちに涼真が聞く。最初のコンタクトはこれくらいでいいだろうと判断して言ってはみたが、どんどん顔色が悪くなる男はとても自力で部屋まで辿り着けそうにない。
「じゃ、部屋の前までね」
そういってエレベーターに乗り込む。冬なのにむっとした空気と煙草の匂いがして、こういう所に治安の悪さを感じる。
部屋の階がある所までエレベーターが到着する。そのまま部屋を教えてもらってドアの前まで来た。
「…Lの野郎…馬鹿力め」
涼真に支えてもらいながら男はポケットに手を入れて鍵を探して、見つけた鍵をかなり雑に鍵穴につっこんだ。
「そう思わないか?公安の犬」
「!!」
涼真が口を挟む前に支えてもらっていた右腕を振り上げて、暗い室内に涼真の体を放り込んだ。
最初からバレてた!?それとも途中から?
受け身を取ると余計プロだと怪しまれると思って、涼真は情けない格好で冷たい廊下に転がった。
ゆっくり上半身を起こしてドアのほうを見ると、逆光に浮かぶ恐ろしく美しい男の姿があった。
「誘うねえ、その顔」
口角を上げて笑っているが、左脇が痛むのか右手で自分の腰を抱くように腹を押さえていた。
「立てよ犬。送ってくれた礼くらいはしないとな」
罠にかかった獲物をいたぶるような態度に、差し伸べられた手を思い切り叩いてはねのけた。
思わぬ反撃に、一瞬男が無表情になり、叩かれた手を見つめた。
「運がいいな。俺いま反撃できねえわ」
倒れている涼真の横を体をゆっくり通り過ぎて、部屋と廊下の照明をつけて奥に進んでいく。
冷たい廊下にうつ伏せに転がって男を見る。怒りを体にためて浮かべている笑みは恐ろしいほど研ぎ澄まされていた。汗で額に垂れる黒髪で顔が隠れていても、鋭い眼は光を帯びているのがわかる。似ている知り合いと重ねて、涼真はしばらく冷たい廊下と同化していた。
最初のコメントを投稿しよう!