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最終話 ポケットの中の小惑星
私は息を切らせていた。厚手のコートにマフラーを巻き、夜道をひた走る。
「あの場所」に向かう為だった。
数日前、新聞に気になる記事を見つけた。
「獅子座流星群」
見られるのは今日の予想だ。私はその流星群を見る為に、夏祭りで犬宮くんが連れて行ってくれた山中の小さな神社へ向かっていた。行ったのは一回きりなのに、道を覚えていたのは奇跡だった。
犬宮くんが流星群のことを知っているかすら定かでないのに、犬宮くんはここに来ていると、そう思ったのだ。直感、といえば聞こえが良いようなきもするが、要は当てずっぽうだ。
防寒対策は若干おざなりだったが、私は走ったせいで汗をかいていた。階段をのぼり、開けた視界に犬宮くんを探す。
「……いた」
神社の中央に、犬宮くんはいた。スマホを真剣に見つめながら、考え事をしているようだ。流星群の時間にはまだ早い。
その時、ポケットでスマホが震えた。液晶を見ると、犬宮くんからの着信だった。こちらに背を向けている犬宮くんは、私に気付いていない。私は躊躇いなく、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「もしもし、目黒か? 知ってるか、今日、流星群が見られるらしいぞ」
知ってるよ、犬宮くん。そう思ったが、私は何も言わなかった。
「良かったら、前に星を見たあの神社に来てくれないか。あそこからならきっと、よく見えるはずだから」
もう来てるよ。
私は無言で、断りもせずに通話終了ボタンを押した。突然のことに「えっ」と声を上げた犬宮くんは、切れてしまった電話口になお「目黒?」と話しかけている。
その背中に、私は勢い良く抱き付いた。
「なっ……」
「犬宮くん」
「目黒……?」
犬宮くんは振り返って、信じられないというような顔で私を見た。
「犬宮くんはここにいるって、思ったの。何でそう思ったのかは分からないけど」
一番目の星が、きらきらと空を滑り落ちた。
私達は二人手を繋いで、流星群を見た。きらきらと光りながら落ちていくそれは、ひどく綺麗で神秘的だった。少し寒かったけれど、繋いだ手の温かさで、それも忘れてしまっている。
ねぇ、今なら言えるんじゃないかな。頑張れ、頑張れ、私。
「目黒」
そう思った矢先、犬宮くんが私を呼んだかと思うと、手をぐっと繋ぎ直してきた。いつかの恋人繋ぎだった。
犬宮くんを見上げる。月明りに照らされた犬宮くんは、いつもとはまた違った表情を浮かべていた。
男らしい、けれども優しくて、何より犬宮くんらしい表情だ。
「好きだ」
流星のようにぽつりと落とされた言葉は、きらきら輝きながら、私の胸にじんわりと染みていった。
「私も、犬宮くんが好き」
犬宮くんに抱き付く。犬宮くんも、ぎゅっと、私の存在を確かめるかのように抱き締め返してくれた。
満天の星空に流星群が流れている。手を伸ばせば、掴めてしまいそうだ。
「ほまれ」
離れた体。犬宮くんが私を見る。初めて呼ばれた名前は、私の耳朶を甘く叩いた。犬宮くんにじっと見つめられ、私は思わず目を閉じた。唇に降ってきた柔らかく温かい感触に、目眩がする程の幸せを感じる。
「ほまれ。……付き合って、くれないか」
「……喜んで」
私達を見守るかのように、星は降り続けた。沢山の流れ星に私は人知れずお礼を言い、ポケットの中の小惑星をギュッと握りこんだ。
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