第十三話 犬宮くんのきもち

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第十三話 犬宮くんのきもち

 うだるような暑さが続く。暑い暑いと思いながら、お母さんに頼まれたお使いを済ませていると、委員会が同じでサッカー部の、仁科くんにばったりと会った。委員会程度の仲なので挨拶してすぐに別れるかとおもいきや、意外や意外、仁科くんが「少し話さないか」と言ってきたので驚いてしまう。結局、私達は適当な喫茶店で涼みながら話をすることにした。 「お前さぁ、犬宮とはどーなってんの?」  私は飲んでいたカフェオレを吹き出しそうになった。女の子としての意地でそれをなんとかおさえ、仁科くんを見る。しかしその目は、面白半分で聞いているのではないような真面目さを持っていて、こちらがたじろいでしまった。 「仁科くんまで、何言って……」 「正直早いとこくっついて欲しい訳、俺としては」  仁科くんは飲み物をずずずと啜りながら、指折り数えるようにして「今まで犬宮くんにされたこと」を数え始めた。私は大人しくそれを聞く。 「犬宮の奴、俺がお前のアドレス知ってるっつったら『教えろ』ってしつこいし、委員会サボったっつったら『目黒は何時まで残ってる?』だってよ、知るかそんなん。ま、教室いるかもっつったら当たってたのはラッキーだったな。とにかくお前らがくっつかないことでこっちは不利益被ってんだ。なんとかしやがれ」 「なんとかって言われても……」  いきなり言われても困る。第一、くっつけって、犬宮くんの気持ちも知らないのに「じゃあそうします」と言えるわけがない。 「犬宮くんがどう思ってるか分からないよ……」 「はぁあ!? おまっ馬鹿じゃねぇの!? 丸分かりだろ丸分かり!! あんなに分かりやすい奴なんて他にいな……っ、!?」  物凄い剣幕で怒っていた仁科くんが突然目を見開いて、一点を凝視していた。私は訳が分からず、ただカフェオレを口に含みながらそれを見る。次の瞬間仁科くんは、弾かれるように走って喫茶店を後にした。ますます訳が分からない。  脱兎のごとく駆け出す仁科くんを見送ってから、仁科くんの凝視していた辺りを見たが、何もなかった。  結局私は一人になってしまって、軽く途方にくれながら、カフェオレを飲み下した。甘くも苦い味わいが口に広がり、暑さを和らげてくれるような気がした。それにしても。 「犬宮くんが私を……ねえ……」  喫茶店の天井を仰ぐ。今まで挨拶程度しか交わしたことがなく、最近急に距離が縮まった気はしていた。私にしても、犬宮くんに対しては少なからず、良い感情を抱いている。と、いうよりも、私はもう犬宮くんが好きなのかもしれない。けれど、犬宮くんが私に優しくしてくれる理由が見当たらなかった。今まで、関わったことなどなかったのに。 「……いや」  一年生の頃、少しだけ、話したことがあったかもしれない。あれは、私が委員会の仕事で花壇の植物に水をやっていた時だった。犬宮くんが困ったようにうろうろとしていたので、話しかけたのだ。彼は道に迷っていたようで、私は学内の地図を探して案内しようとしたが、そこまで道案内が得意なわけでもなかったため、まごついてしまった。結局、犬宮くんは自分で地図を見て行き先を確認していたので、私の出る幕はあまりなかったな、と思いながら水やりを再開したような記憶がある。  でも、それだけだ。結局何か力になれたわけでもないし、その程度の関わり合いの相手なんて、犬宮くんにとっては腐るほどいるに違いない。  そう思うと、私が特別、という気もあまりしなかった。だとすれば、誰にでも優しいという方がしっくりくる。  私はカフェオレを飲み終わり、喫茶店を出た。日差しがじりじりと肌を焼いて、早く夏が過ぎて欲しいような気がした。
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