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第十四話 わかる、わからない
夏休みも終わりが近くなった頃。犬宮くんから「明日花火大会があるらしい。目黒さえ良ければ、一緒に行かないか」とメッセージをもらったのは、正午すぎだった。暑さにだらけていた私の頭はそのメッセージで完全に覚醒して、無性にどきどきしながら返信を打っていた。
「お誘いありがとう。是非、行きたいな」
わくわく、と文字の入った可愛らしい動物のスタンプを送る。数分経たずに、待ち合わせ場所と時間を明記した返信がきた。
私は、浴衣はどれにしようか、だとか、髪の毛はどうしようか、と考えながら、一人でにやけていた。
花火大会当日。待ち合わせ場所には早めにつく予定だったが、驚くべきことにそれよりも早く犬宮くんが来ていた。
「目黒」
犬宮くんがスマホをいじっていた顔をこちらへ向け、にこりと笑う。私も笑って、取り敢えず「こんばんは」と挨拶をした。
「やっぱり、浴衣似合うな」
「犬宮くんも、かっこいいよ」
犬宮くんは、今回は浴衣だった。紺色のシックな浴衣は、背の高い犬宮くんによく似合っていて、なんだか大人びて見える。私が隣を歩いていいのだろうかと、気が引ける程に。
「行こうか」
犬宮くんが歩き出すのに合わせて、私も歩き出した。が、いかんせん人が多い。今にもはぐれてしまいそうだ。若干不安に思っていると、今までフリーだった手が、大きくて温かい何かに包まれた。……犬宮くんの手だ。
「はぐれるといけないから」
「あ、ありがとう……」
犬宮くんの表情を窺い知ることは出来なかったが、後ろから見た耳は真っ赤に染まっていた。今まで軽く握っていた手に、ぎゅ、と力を入れる。犬宮くんは一瞬こちらを振り返ったが、すぐに前を向いて歩き出した。
「……目黒は、仁科と仲が良いのか?」
なんとなく花火が見えそうな場所を決めて、始まるまでの数分間を過ごそうと思っていたとき、ふいにそう聞かれた。私は「委員会が同じってだけで、特に話すわけじゃないよ」と答える。犬宮くんが「そうか」と微笑んだ。
「この間、目黒が仁科といる所を偶然見掛けてな。仲が良いのかと思ったが……そうか」
「仲が良いって程話さないかな。仁科くん、いくら連絡しても委員会出てくれないし」
これは事実。たまにメッセージすら無視される。
それにしても、犬宮くんが私と仁科くんを見たのはいつだろう。最近で言えば喫茶店で話したくらいしか接点は無い。そういえば、くっつけだの何だの言われたっけ。
「仁科くんて、おかしなこと言うよね」
「ん? そうか?」
「うん。私にはよく分からないや」
このむず痒いような幸せな気持ちも、犬宮くんが私に向ける表情の意味も。分かるようでいて、分からない。
私達はたっぷりと花火を堪能して、帰ることにした。しかし案の定道は混んでいて、繋いだ手すらたまに離れそうになる。……そういえば、花火を見ている間も繋いだままだったのはどうしてだろう。
「わわっ」
「目黒っ」
どん、と肩を突き飛ばされ、思わず声を上げた。犬宮くんが慌てて引き寄せてくれたから良かったものの、あのままじゃ確実にバランスを崩して倒れていただろう。犬宮くんに感謝だ。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫。ありがとね」
犬宮くんはその後しばらく無言だったが、ある時ふっと、繋いだ手を握り直した。指と指を絡ませるようにしっかりと繋いだ手は、もう離れることは無いだろう。けれど、これは、いわゆる……こ、恋人、繋ぎ……だよね? よもや自分がする日が来ようとは! しかも相手はあの犬宮くんだ。
ああ、でも、勘違いしちゃ駄目だ。私がはぐれないようにと、しっかり繋いでくれているに過ぎないのだろうから。
それでも嬉しいのは、この胸が高鳴るのは、まだ耳朶に残っている大きな花火の音が原因だと、そう思いたかった。
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