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第二話 歓声は遠く
犬宮くんと日直が一緒になった後日、友達にサッカー部の試合を見に行かないかと誘われて、なんとなく「行く」という返事をした。誘った本人をして休日にあんたが外に出るなんて珍しい、嵐でも来るんじゃないの、と言わしめる程に、私としては珍しい返事だった。今まで何回か誘われたが、ことごとく断ってきたのだ。
しかし、今回は違った。誘われたその時、何故だか犬宮くんの顔がふっと頭に浮かんで、そういえばサッカー部だったっけな、一回くらい見に行こうかな……なんて、思ったのだ。本当に、どうしたことだろう。
休日だというのに制服を着て、私は家を出た。
「……暑いね」
会場に着いて第一声がそれだった。天候もあるにはあるが、それよりも観客の熱気が凄かった。
「ほらボヤボヤしてないで、ほまれも応援応援!」
キャーかっこいいー! なんて叫ぶ友達を横目に、私は犬宮くんを探した。友人はストライカーの先輩に恋をしている。キラキラ輝く瞳は、目まぐるしく動くボール、というよりもそれを追う先輩を追っている。犬宮くんは確か、ゴールキーパーだと聞いたような。あ、いたいた。
「いぬっ……」
「犬宮くぅーん!」
すう、と息を吸い込んで呼ぼうとした名前は、周りにいた女の子たちにより搔っ攫われてしまった。どうやら発声のタイミングがかぶってしまったようだ。
「……頑張ってー」
「そんなんじゃ聞こえないわよ……」
女の子たちのあまりの声量に戸惑いながら発した応援のセリフは、友達に呆れたため息を吐かせただけだった。
「目黒、昨日の練習試合、見に来てたのか?」
翌日、席に着くなり犬宮くんに聞かれた。私は「うん、おめでとう」と言って一時間目の準備をする。昨日の試合は、見事我が校が勝利を納めた。それも圧勝だ。つまり、犬宮くんの出番はあまり無かったのだが、それでも十分、ボールを持って指示出しをしたりして活躍する犬宮くんを見ることができたので、嬉しい気持ちで帰路についたのだった。
「どこらへんにいた!?」
「え」
な、なんでそこに食い付くんだろう……。
身を乗り出すようにして聞いてくる犬宮くんに戸惑いながら、私は記憶の糸を手繰り寄せ自分のいたあたりを思い出し伝えた。
「……気がつかなかった…………」
「観客たくさんいたもんね」
あれだけの観客から私を見つけ出すなど、ほとんど無謀なことだ。というか……なんか落ち込んでる? なんで?
「その、別に私、犬宮くんが私に気が付かなかったこと、悪く思ってるとかじゃないよ?」
私からは犬宮くん見えたし……って当たり前だけど……と、とにかく、人もいっぱいいたから無理もないよ、私は犬宮くん見れて満足だったから。畳み掛けるように息継ぎなしで言う。犬宮くんはいつにもまして饒舌な私に驚いたのか、目を丸くして私を見た。
「珍しいな」
私がこんなに喋るのが珍しいと、そういう意味だろうか。
「いやその、犬宮くん、なんか落ち込んでる……みたいに見えたから……」
「えっ」
えっ。落ち込んでるかな、と思ったのだけれど、当の犬宮くんときたら、私の言ったことが意外であったかのような反応だった。犬宮くんは髪の毛をがしがしとかきながら、「そ、そうか」と言ったきりだった。そのうちにホームルームが始まり、担任の先生が入ってくると同時に私達は前を向いた。
先生の話を聞き流しながら、私を見つけられなかったことで落ち込むなんて、犬宮くんは優しいなぁと思った。隣の席のよしみだろうか。
だとしたら、自分は運が悪い方ではないと思う。
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