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第三話 失くしもの
犬宮くんとの会話から数日後、私は、例のストラップを失くしてしまったのだった。スマホを鞄から取り出した時、ストラップは既に無く、私はぶらぶらと校内を歩き回ってそれを探すことにした。そもそも校内に落ちているのかどうかも怪しいものだが、少なくとも今朝の時点でスマホについていたことは確認済である。であれば、朝から今までのどこかのタイミングで、学校内で落としたという線が濃厚だろう。
ストラップを探しながらあてもなく歩いていると、廊下で犬宮くんにばったりと会った。日直を経て少しだけ距離が縮まったような気がしている私は、スポーツバッグを抱えてこれから部室に行くのであろう犬宮くんに、気軽な気持ちで話しかけてしまった。
「犬宮くん。これから部活?」
「ああ。目黒は?」
「私は探し物。ストラップ失くしちゃって……」
多分学校のどこかで落としたんだろ思うんだけど、と付け足すと、犬宮くんは「あの、スマホについてたやつか?」と尋ねてきた。私はそれに頷く。犬宮くんは人の好い笑顔を浮かべた。
「俺も注意してみる。見つけたら教えるよ」
まさか、犬宮くんがそう言ってくれるなんて。日直の時から思ってい履いたが、やっぱり犬宮くんは優しい人のようだ。
「本当にありがとう、犬宮くん。あのストラップのこと知ってる人、犬宮くんだけなんだ」
実を言うと、あのストラップのことはまだ友達に話したことが無かった。付け始めてから日が浅いのもあるが、あまり自分から見せたりする気も無かった為、スマホについていてもつっこんで聞かれることが無かったのだ。なので必然的に、ストラップの形状やらを詳しく認識している人物は、持ち主である私と、一度まじまじ見たことがある犬宮くんに限られる。
「俺だけ……?」
「うん。友達に聞いても、チラッと見たことあるだけだから分からないって」
人のストラップなんてそんな程度の認識しか無くて当然だろう。まして、まじまじ見せたことなど無いのだから。私が言うと、犬宮は一転、笑顔を真剣な表情にして、私をまっすぐ見つめる。急に見つめられた私は、少しだけ緊張して身を強張らせた。眼差しに込められた力強さに、たじろいでしまう。
「目黒」
「は、はいっ?」
「俺、絶対見つけるから。あのストラップ」
力を込めて言われて、何をそんなに気合いを入れているのだろうかと不思議に思う。第一、犬宮くんがそこまでしてくれる理由がどこにあるだろう。いくら彼が優しいからといって、面倒なことを押しつけては申し訳ない。
「そんな、見かけたらでいいよ! わざわざ探さなくても……私の不注意で失くしちゃったんだし……」
「でも、大切なものなんだろう?」
「それはそうだけど……悪いよ……」
申し訳なさに顔を伏せて言うと、犬宮くんはスポーツバッグを担ぎ直して言った。
「俺がしたいからするだけだ。目黒は気にするな」
犬宮くんを見上げると、にこりと爽やかに笑っていた。思わず顔が熱くなるような思いがして、慌ててまた伏せる。なんて良い人なんだ。私はどれくらい感謝の言葉を述べれば良いだろう。
「ありがとう、犬宮くん」
少なくとも、これではまだまだ足りない。
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