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第四話 流れる汗は美しい
「ほまれ、犬宮が呼んでたよ」
と友人に言われたため、私は犬宮くんを探して校内を歩き回った。
探してみるものの、教室にはいなかった。ロビーにもいない……この時間だと、部活だろうか。そう思った私は、サッカー部が練習をしているグラウンドへと向かうことにしたのだった。
やはり、犬宮くんは部活だった。サッカーコートのある広いグラウンドで、同じサッカー部の人達と一緒に走りこみをしている。部活中に声をかけるのも失礼かと思い、私は部活が終わるまで待っていようと、グラウンドのはずれからサッカー部を眺めることにした。
今まで、誰かの部活の練習なぞまじまじと眺めたことは無かったが、眺めてみれば意外に面白いものだ。皆一生懸命で、沢山汗をかきながら走り回っている。その姿は、とても格好良かった。友達がいつも応援に行きたがるのも頷ける。私もサッカーのルールを覚えて、また応援に行きたい。
ずばんっ、という音を立て、ゴールキーパーである犬宮くんの手にボールが吸い込まれた。私は人知れず感嘆のため息を吐く。細く吐き出した息は、誰にも知られることなくグラウンドの緊迫した空気に溶けた。
「かっこいい……」
流れる汗がきらきらと輝いている。犬宮くんはしたり顔でボールを投げ返した。その様子を見て、私は誰にも聞こえないような声で囁いたのだった。
サッカー部の練習が終わり、私はサッカー部の面々がグラウンドを去るのを待ってから部室へ向かった。犬宮くん、そろそろ出てくるかな。
「あれ、目黒」
「飯岡くん」
部室の外で立っていると、部室から出てきた飯岡くんとばったりと会った。飯岡くんも、私や犬宮くんと同じクラスで、サッカー部。そして、先日、私と日直が一緒になるはずだったひとだ。
「どうしたんだよ?」
「犬宮くん待ってるの」
「あれ、やっぱお前らってそういう関係?」
「えっ? そういうって……?」
「目黒?」
飯岡くんの言葉に戸惑っていたところで、犬宮くんが現れた。後ろには友人が想いを寄せる、ストライカーの先輩もいる。
「あ、犬宮くん」
「先輩、俺達帰りましょうか」
「ん? おう」
そう言うが早いか、飯岡くんは先輩とさっさと歩いて行ってしまう。「そういう」の意味を聞きそびれてしまった。
「あっ、おい飯岡!」
「俺先帰るから。ごゆっくり~」
「何を……!」
「恭、明日な」
飯岡くんと先輩が軽く手を振り、歩き去る。その様子を、私と犬宮くんは呆然として見つめただけだった。先ほど、先輩は犬宮くんを「恭」と呼んだ。犬宮くんの名前は恭一郎だから、部活ではそう呼ばれているのだろう。部活であだ名で呼ばれている彼は、なんだか少し可愛らしい気がする。
そして取り残された私達は、暫しぼんやりとした後にいたたまれなくなって、どちらともなしに「あの」と言い出した。その声もかぶってしまい、ますます気まずくなる。
「あ、えっと……犬宮くんが呼んでたって聞いて……」
「それで、こんな時間まで待ってたのか?」
んー、まあ……と言葉を濁すと、犬宮くんは申し訳ないというような表情をした。私は慌てて首を横に振る。
「あ、でも、私が勝手に待ってただけなの。サッカー部の練習も見せてもらっちゃったし……勝手にごめんね。部活お疲れ様」
「あ、ああ、いや」
「その……か、かっこよかったよ、犬宮くん」
面と向かって伝えるのは何となく恥ずかしいが、その思いを堪えて言うと、犬宮くんは私から勢い良く目を逸してしどろもどろし始めた。
「あ、の、目黒」
「うん?」
「ストラップな、見つけたんだ。それで探してたんだが……」
ああ、そういうことか。この間私が失くしたストラップ、探してくれたんだ。ありがたいなぁ……。
「ありがとう、犬宮くん」
「取り敢えず時間も遅いし、帰ろう。送ってく」
犬宮くんはそう言うと、私の前を早歩きで歩いて行った。私が小走りで追いつくと、犬宮くんはそれに気が付いて歩調を緩めてくれた。背の高い犬宮くんだから、彼が通常の歩幅で歩いても、私にとっては早すぎるだろう。
ストラップを探してくれて、しかも送ってくれるなんて、むしろ申し訳ないような気すらして、私は犬宮くんの少し後ろを歩きながら、その背中を見つめていた。
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