第一話 小惑星と日常

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第一話 小惑星と日常

 部屋を掃除していたら、綺麗なビーズのストラップが出てきた。確か、手芸が趣味の叔母が私にと作ってくれたものだ。電気に照らすときらきら輝いて、まるで小惑星、という響きが似合うとふと思った。実際の小惑星がこのストラップのように、きらきらと透き通るような美しさを持っているかと言うとそうではないことは分かり切っているのだが、そのストラップはまさに「小惑星」という言葉の持つ神秘性を表しているかのようだった。 「スマホにでもつけようかな」  私は自分のスマートフォンを取り出し、ストラップを付けた。シンプルなデザインのストラップは、キーホルダーのついていなかった私のスマホによく似合っていた。  スマホを充電器に置き、明日の授業の予習でもするかと机に座る。私の学校は授業のスピードがかなり早いので、しっかりと予習復習をしないと追いつけない。  ノートを広げ、またストラップを見た。光を照り返し輝くストラップは、何故だか私を元気付けてくれるような気がした。  私の通う学校は、私立の進学校である。……時々、自分が何故ここに通えているのか分からなくなる程には、私には不釣り合いの場所だった。受験は運と言うが、高校受験でその運を使い果たしてしまったのではないかと思う。そう考えると、レンガ造りの重厚な建物にも、少し気が滅入るような気すらする。私立とはいえ、通っている生徒は家の近い者が多く、私もその一人だ。 「おはよう、目黒」 「おはよう、犬宮くん」  教室について鞄を置くと、隣の席の犬宮くんが挨拶してくれた。犬宮くんはサッカー部で、凄くサッカーが上手いらしい。らしい、というのは、実際に見たことが無いからだ。けれども、噂と、応援するファンの生徒の多さから、その実力は推し量ることが出来るというものだ。そもそも、犬宮くんのプレーを見たところで、サッカーに明るくない私に上手い下手の判断が出来るとは思えないけれど。  隣の席ではあるものの、私達の間に挨拶以上の交流は無かった。先述の通り犬宮くんにはファンが多くて、自分にそのファンの方々からの嫉妬の火の粉が降りかかるのも嫌だったし、犬宮くんもただのクラスメイト以上の関係になる気は毛頭無いように見えたので、そのまま仲良くなることもなく、だからといって喧嘩するような仲でもなく、嫌いになる要素がある訳でもなく……と、そういった感じだ。 「目黒、今日日直」 「あれ、そうだっけ……ごめんね、忘れてた」 「いいよ、取ってきたから」  そう言って犬宮くんは、日直日誌を取り出した。日直は女子一名と男子一名の当番制である為、今日は私は犬宮くんと共に日直であるらしかった。あれ、今日の当番て、私飯岡くんとじゃ無かったっけ……? 私の気のせいかな。 「ありがとう、犬宮くん。じゃあ取ってきて貰ったから、私が日誌書くね」 「ああ、頼んだ」  私は日誌を受け取り、ページを開いた。前の日直が書いた記事を確認してみると、やはり今日の当番は私と飯岡くんだった。欠席かと思いきや、教室を見渡すと飯岡くんはしっかり学校へ来ている。私は首を傾げたが、深く考えるようなことでも無いと思い、考えるのを止めた。  日直の放課後の仕事といえば、黒板消しだ。日直といえば黒板消し、黒板消しといえば日直。背の高い犬宮くんがチョークで書かれた文字を消してくれている横で私は日誌を書き終え、黒板のさんを掃除した。日誌を先生に届けて、晴れて仕事は終わりとなる。日直になると面倒が増え、一日が少しだけ長く感じる。  職員室から教室に戻り、私と犬宮くんは帰り支度をした。 「あ、お母さんに連絡しなきゃ……」  遅くなっちゃったから、心配してるかも。スマホを取り出して、一報を打つ。その様子を犬宮くんがじっと見ていることに気付き、私は何事だろうと少し笑いながら首を傾げた。 「……!」 「犬宮くん? どうかした?」 「い、いや……。えっと、そのストラップ……」 「これ?」  犬宮くんが指をさした先には、昨日付けたばっかりのビーズのストラップがあった。犬宮くんは私を見ていたのではなくて、私のストラップを見ていたのか。勘違いした自分が少し恥ずかしい。 「綺麗だな。……小惑星、みたいだ」  私は目を見開いた。叔母から貰った綺麗なビーズのストラップ。私が小惑星のようだと感じたそれを、犬宮くんも同じように感じただなんて。 「す、すまない、俺は何を言ってるんだろうな」 「……ありがとう」  私はストラップを持ち上げた。キラリ、夕日の赤い光が、色とりどりの光になって、教室に降り注いでいた。 「嬉しいよ」  犬宮くんも私と同じように感じたのだということが、無性に嬉しかった。
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