1人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
「平坂さんの声は、アルトでは役に立たない。ソプラノに移ってもらいます」
ヒュ、と、わたし・平坂静音は息をのむ。
『ついにアルトを離れなきゃいけないんだ。気に入ってたのに、残念だな』とも、『ソプラノか。わたし、高い声出すの苦手なのに』とも、考えられなかった。そんな余裕はなかった。
役に、立たない。この言葉が、わたしの心を支配していた。
こんな、厄介払いみたいな理由でパート替えさせられるのなんて、きっと前にも先にもわたしだけだろう。
「平坂さん、友達いないみたいだから、仲良くしてやってくださいね~!」
余計なお世話だ、って思った。図星だったからこそ、弱みを握られてからかわれているみたいで、くやしかった。
先生は、冗談のつもりだったんだろう。みんな、声をあげて笑った。邪気なんてカケラもない、底ぬけに明るい声で。
わたしはその真ん中で、くちびるをかんでうつむいているしかなかったんだ。
やめた今でもつきまとう、合唱団の、忌まわしい思い出。
最初のコメントを投稿しよう!