第5話

3/7
前へ
/26ページ
次へ
「じゃあ始めよっか。平坂さん」 「あっ、は、はい」 「そんなに畏まらなくても良いのに」  新谷くんは笑顔だ。何を考えてるのか全くわからなくて、緊張する。 「早速だけど、文化祭で歌う曲、やってみようか。ワン、ツー、スリー、フォーで入って」 「わかりました……」 「なんで敬語なの?」 「あ、ご、ごめん……」 「まあいいや。じゃ、いくよ。ワン、ツー、スリー、フォー」  歌う、止められる、アドバイス。続きを歌う、また止められる、アドバイス。そんなことをひたすら繰り返しながら、時間が過ぎていく。  やがて、チャイムが鳴った。下校時間だ。 「今日は、これくらいにしとこうか」  バイバイ、と、返事も待たずに去っていく新谷くん。でも、逆にありがたかった。何時間も歌い通しで、もう声を出す気力がない。  ――そういえば。原くん、今日は来なかったな。  1人になったからか、急にそんな考えが浮かんだ。でも。  下校時刻が過ぎた。そろそろ校舎内から撤退しないと。湧き上がってきたモヤモヤをそうやって霧散させて、わたしは小走りで階段の方に向かった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加