第5話

5/7
前へ
/26ページ
次へ
「平坂ちゃん、おは〜」  と、戸畑さん。 「おはよっ!」  と、小倉さん。 「おはよ」  と、北方さん。  ある朝。体育会系陽キャ3人組の挨拶に返事しようとする。 (おはよう)  あれ?  もう一回――そう思ったら、ゴホゴホと咳きこんでしまった。  まずい。入学直後と同じく、無視みたいに…… 「大丈夫?」  一瞬、内心怯えてしまったのが申し訳なくなるくらい優しく、3人は駆け寄ってきて背中をさすってくれた。 「カゼ? 声出ない?」  コクッとうなずく。 「そっかあ」 「キツいでしょ」  ……あれ、なんで。  そっか。3人の中で、わたしはもう、無愛想なウザいクラスメイトじゃないんだ…… 「ま、待って待って泣かないで!」  アタシ達が泣かせたみたいじゃん、と言う戸畑さんと、同じく焦っている残りの2人。  滲む視界をすこし細めて、ふ、と息をこぼす。  メモ紙とシャーペンを取り出して。  ――ありがとう。  罫線と罫線の間に収まった字を追って、3人は、パッと笑顔になった。 「何かあったら、教えてね」 「困った時は、お互い様」  ハッキリうなずいてみせる。3人はもう一度笑って、去っていった。 「良かったな」  コクリ。  かけられた声に反射的な反応をしてから、ぎょっとする。  原くん……!?  ワタワタしている間に彼はわたしのシャーペンを奪い取って、机の上に放置されていたメモ紙に字をつづる。  ――おまえ、本当に大丈夫か?  そのまま真剣な顔をして、さらに書く。  ――最近、疲れた顔してる。なんか、思い詰めてるだろ。もしかして、新谷からなんか  思わず、その手を押さえた。シャーペンを奪い返して、なぐり書きする。  ――ちがうよ。心配させてごめんね。大丈夫。わたしが全部  悪いの、という言葉がにじんだ。それを皮切りにボタボタと落ちてきたもので、紙の上の言葉達が汚れていく。気遣いの優しい言葉も、強がりの震える言葉も、全部全部いっしょくたに。  グッと腕をつかまれた。原くんは痛いほどの力でわたしを立ち上がらせると、廊下の人気がない一角まで引っ張っていく。 「やっぱり」  原くんはわたしを壁ぎわまで追い詰める。 「もう、やめろよ」  強い声だった。にらむような、真剣な目をしていた。いたたまれなくて、わたしは下に視線をそらす。 「新谷には、オレから断っとく。おまえはもう、あいつに関わるな」  言い捨てて去っていく原くんを見送った後も、わたしはしばらく動けなかった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加