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prologue.止まない雨
外は酷い雨が降っていた。
雨の多いバーリッシュ帝国の本格的な雨季。
その雨に濡れた皇后リアの頬を伝う雫は、雨なのか涙なのか分からなかった。
「陛下………エイベルが毒殺されました。」
感情を露わにすることも、乱れた様子も感じさせない律された声。
まだ平常心は保たれているように思えた。
だがそれはまだリアが、破裂しそうなほどの感情を抑えていたからだ。
「…そうか。」
その報せを聞いた皇帝もまた、瞳を揺らぐ事すらせず短く呟いただけだった。
「それだけですか?」
「………」
「っ………!エイベルは私達の子だったんですよ!!!
陛下…いえ、ヴィンセント!!エイベルは私達のたった一人の息子でした…!!
私……たちの———」
そう叫んだリアの声は、次第に諦めるように小さくなっていく。
揺さぶる様に裾を掴んだが、目の前の感情のない皇帝———ヴィンセントの表情に、リアの感情も凍りついたからだ。
「…分かりました。陛下。
………貴方の気持ちは。」
取り乱した事を後悔し、首を垂れる。
強く結んだ唇は傷がついていた。
———この男に何を期待していたの?
解れた糸のように希望を捨てた。
葬儀用の真っ黒な喪服姿で、リアはヴィンセントに背を向けて部屋を出て行く。
その目からは、雨ではない温かなものが流れて伝った。
私達の子供が殺された。
それなのに貴方は顔色一つ変えない。
分かったわ。ヴィンセント。
それが答えなのね。
無慈悲で外道で、まるで人形のような皇帝。
貴方は私とエイベルが心底邪魔だったのね。
愚かだわ。
息子を失ってやっと分かった。
それなら望み通り、私も貴方の前から消え去ってあげる。
そしてもう二度と貴方を愛す事も、その瞳に映る事もないだろう。
———あの日からリアの心の中には、今も絶えず止まない雨が降り続けている。
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