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悩んでいたのが馬鹿みたいに、すらすらと言葉が出てきた。深森は驚き、顔をあげた。すると前髪で隠れていた意外なほど大きな綺麗な瞳が俺を見つめた。
一本。
心のトゲがすっと抜けたような気がした。深森は優しく微笑んだ。
「ありがとう。そんな風に言ってもらえたの初めてで嬉しい」
ああ、やっぱり深森は色のことを負い目に感じていたんだ。
「いつから」
「産まれたときからだよ」
「そっか。誰かに言わないのか」
「……私ね。幼稚園のときに桜の絵を書いたことがあるの。そのとき私は他の人と色の見えかたが違うなんて思わなくて見たままの色を塗ったんだ」
悪い予感がした。
「嫌になっちゃう。友達に笑われて、汚いって、言われたの。だって私には桜の花は茶色で木は緑に見えたのよ。だからその通りに塗ったら、友達は、こんなの生きてない、死んだ桜みたいだって言われて、みんなに苛められたわ」
ああ。兄ちゃんが言った通りだった。色覚異常だと知られて虐めに合う奴がやっぱりいるんだ。
「両親に言わなかったのか」
「うん。お母さんには言ってたから、たぶん薄々気がついていたんじゃないかな? でも病院で検査してもらう前に、お母さん交通事故で亡くなっちゃったんだ」
俺は痛ましそうに顔を歪めた。
「お父さんは」
「お父さんは気づいてないんだと思う。私ね。ずっとお父さんに育ててもらったんだ。お父さんお仕事が忙しいから家にあまりいなかったし、それに心配させたくなくて。私、ずっと黙っていたの」
「困ること沢山あるだろう」
「そうだね。でも桜はピンクって知ったから、写生大会とかあるときはピンクって字の絵の具を見て塗るようにしてたりしてるんだ。知識さえ身に付ければ、世間一般では赤、緑、ピンクなんだって合わせれば、なんとかなるんだよ」
「そっか」
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