2章 戦学《せんがく》科

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私の生徒は五人。 アレク・ウルフ。軍師家系十代目。 ロフト・アディルス。医者志望。 アカシア・ツバキ。西軍勢を率いる父を持つ。 カリナ・オーシャン。孤児。 ツエルチェ・スワロ。ユリア学園長が引き取った男子生徒。 彼らを短く紹介すればこれぐらいで、歳は全員同じ十八歳だった。 ツエルチェに対しては、ユリア学園長から情報が聞けるけれども、カリナに関しては里親から逃げ出し自分で生計を立てて入学しているため情報が少ない。 以前担当していたセフラム講師がいないこともあって正確な力量を把握できずにいる。 「戦術科からの編入はカリナさんだけですが、将来何か就きたい職業があるのですか?」 これは、先日、私が問いかけた質問だった。 黒い瞳を輝かせてカリナは答えた。 「戦の流れや作法、戦術等にも興味はありますが夜営と野宿の勉強がしたいんです。食べられる食材や水の浄化のしかたも知識として習熟したくて。闘いかたや逃げかたはセフラム講師に叩き込まれていますが戦場での生活はまだ自分流です」 「ええ、その、戦学科は確かに戦を学ぶ場所ではありますが、無理に戦に出向く必要はんないのですよ?」 「何をいうんですか。今の世の中、戦を凌ぐ方法を知っているほうが有利ですし、いいお家にも住めるんですよ」 カリナが力説する姿には呆気にとられた。 戦にでなくとも、暮らすだけならば農業でも商業でもいいはずだ。 カリナが語る将来はどう見繕っても蕀道だと思った。 それでも、カリナは本気らしい。 表情には、期待すら読み取れる。 そうして、一番ミステリアスな雰囲気を持つロフトは、休み時間中常に分厚い本を片手に持っている。授業が終わると逃げるように教室を抜け出して図書館に籠っている。なんでも帝都で働く医者を目指しているそうで、衛生科を希望したが、今回の編入で担当が私ではないとわかるとあっさり戦学科にしてくれといったそうだ。教頭の蒼髪も苦笑いしていたほどだった。私としてはそれがいいことか悪いことかは分からなかったけれども、卒業までには治療術の基礎を覚えさせる義務はあると思っている。 「アテナ講師。今月末の試験のことですけれど」 アカシアが、ノートを持ってきた。 全員帰ったと思っていただけに、気がつくのに一瞬遅れた。 赤みがかった髪を肩まで伸ばしている。背丈はちょうど私の胸元辺りだ。活発な印象が強く、炎を主体とした魔術に特化している。 ロフトと並べると陰陽がはっきり分かれた。 「戦学科になって初めての筆記試験ですね。リオン講師に半分お任せしています。範囲は教科書の五十ページぐらいから百ページくらいです」 「ありがとうございます。それで、この、霞奥義とはいったい何ですか? 魔術を使わない戦闘方法がいろいろあるとは知っていましたがこんなの聞いたことがありません」 「異国の忍者が使っている方法ですよ。そこはまだ試験には出ません」 アカシアは魔術だけでなく、奇妙な戦術に興味があるようすでまだ教えてもいない部分を見つけては放課後、授業終了後直ぐに訊ねてくる。 「ですから、どんな術何ですか?」 「風上から風下に向けて眠り粉や痺れ薬、毒薬を敵陣に飛ばす方法です」 「突然、風向きが変わったらどうするんですか?」 「まったく、そこなんですよね。けれども、忍者は戦いを好みません。仕掛けたら直ぐにその場を去ることが正解です」 「では、異国の拳銃での暗殺とにたようなものですね」 「それは似てるような似てないような。というのも、拳銃暗殺で位置を移動するのは、敵の自分の居場所を知られないようにするためです。忍者が行う行為は逃げるための時間稼ぎなんですよ」 というようなやり取りを繰り返す。 勉強熱心なのは嬉しいけれど、実際に戦に送り出したくはなかった。 しかし、戦学科として設立された以上は戦の見学、模擬、実践と段階を踏んでいく必要があることは確かだった。 胃がキリキリしているけれどこれが私の選んだ職業だった。
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