思い出の味

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 その夜、一毬は一人でシーツに足をもぐり込ませると、リビングから持ってきた紙袋の中を、そっと覗き込んだ。  耳には湊斗が浴びているシャワーの水音が、かすかに心地よく響いている。  そのリズミカルな音を聞きながら、取り出したのは藤色のハンカチに包まれた、はがき大サイズのものだった。 「これね。私の宝物なの。一毬さんにあげるわ」  湊斗の実家を出る時、こっそり母親がこの紙袋を一毬に手渡した。 「湊斗は、恥ずかしがるかも知れないけどね」  母親は一毬の耳元に手を当てると、茶目っ気たっぷりにそう言ったのだ。  一毬は折りたたまれたハンカチを丁寧に開いていく。  中から出てきたのは、古い写真立てだった。  写真を覗き込んだ一毬は、思わず「わぁ」と声を上げる。  もう赤茶けた写真の中では、大きな口を開けてドーナツをかじる幼い湊斗の姿があった。  これはきっと母親が自分で撮ったのだろう。  湊斗の後ろには、笑顔でそれを見つめる若かりし会長の顔が、小さく映り込んでいた。  ――なんて温かい写真なんだろう。  母親が宝物だと言った気持ちが、ひしひしと伝わってくる。  そしてその宝物を自分に託してくれたことが、一毬は涙が出る程嬉しかった。
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