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13話
「「ブラン⁉︎」」
「クク、甘いな。よしこれで魔力回復……さてと行くか、ヒーラギ、俺の背中に乗って!」
「う、うん」
彼が魔力回復と言えば、いまから彼の背に乗せてもらうから……ううん、怒っても良いはずだけど。嬉しそうに言うブランに何も言えなくなる。
だけど慣れないことに頬は熱く、鼓動はドキドキうるさい。毎回、こんな魔力回復の仕方だと、私の心臓が持たない。
(ブランは慣れているのよね……)
「どうした、乗らないの?」
「の、乗ります」
ブランは私が乗りやすいように、目の前に伏せてくれた。私はスラ入りマジックバッグを肩にかけて、ブランのもふもふな背中に横座りで乗る。
「乗りました、ブラン、よろしくお願いします」
「よろしく、まかされた!」
「ニュ、ニュ」
いつの間にかマジックバッグの隙間から、顔を出していたスラ。『ハハハッ、スラも行こうな!』タッと地面を蹴り、ブランは風のように走りだした。
軽快に畑道をブランは駆けていくと、ちらほら畑で作業をする人を見かけた、しかし彼らは作業に夢中なのか私たちに気付かない。
「えぇ⁉︎」
(いま、横をすれ違った荷馬車の人……こっちを見なかったわ?)
「ブラン、もしかして周りの人達に、私達の姿が見てえいない?」
「あぁ見えていないよ。獣化したとき大騒ぎにならないよう、姿消しの魔法をかけといたから」
「姿消しの魔法?」
「そう、いまの俺たちは頬を撫でる、通り風みたいなものだな」
「凄い……」
畑道の真ん中を大きくて真っ白い狼が走っているのだもの、姿が見えたらみんなは声を上げるか、腰を抜かしちゃうものね。
「ふふっ、風がとても気持ちいいわ」
自分の身長よりも高い目線で遠くまでおコメが実る、田んぼが見渡せた。黄金色に輝く稲たち……。私がこの国を出る、ほんの少しの間は祈りを捧げよう。今年も美味しいお米が採れて、美味しいおにぎりが作れますように、と。
えっ、嘘。
祈りの光はいつもより多く、辺り一面にキラキラと降り注いだ。もしかして私の祈り力が上がっている?
それなら、もう一度、もう一度と走るブランの上で祈りを捧げた。
この祈りの光は魔力を持つものしか見えていない。
だから魔力を持たない王族、上流貴族、騎士達には辺りにキラキラ光る『祈りの光』は見えないだろう。
聖職者の人にも見えていたのかな?
八年も経つと周りは冷たくなった。
『ただ飯を食らい、お前は祈っているだけ』
『それしかできないんだろう? 早く傷を治せ』
『お前の、両親は金ばっかり要求しやがる!』
……色々言われたな。
ブランにも『祈りの力』が見えたのか。
彼は移動のスピードを落としてくれた。
「ありがとう、ブラン」
「いいや、国境を越えるまではヒーラギの好きなようにすればいい。ただし、使い過ぎるなよ」
「えぇ、わかっているわ」
祈りの光はキラキラと輝いた。
出発から彼は休みなく走り、ものの数十分で国境手前の街に着いた。乗ったときと同じく伏せてくれて下に降りると、ブランは『待っていて』と近くの木陰で獣化を解き、耳と尻尾を隠した人型になって現れた。
「あなた、ブランなの?」
ただ、耳と尻尾がないだけで変わって見えてしまい、確かめるように彼の名前を呼んでしまった。その私の態度に目を座らせた、彼におでこを人差し指で突っつかれる。
「ヒーラギ、俺の耳と尻尾が無いだけで、俺が分からなくなるなよ」
「……いたっ、ごめん」
謝る私のオデコを突きながら、彼は「許してやる」とニシシッと笑った。
「さて、行くか」
「うん」
「ニュ!」
行こう。と、差し出したブランの手に自分の手を乗せた。
『国境の街アースルへようこそ!』と、書かれた垂れ幕が掛かる門を通り抜けて、ブランとスラ、私は街の中へアタッシュケースを売りに質商へ向った。
「ニュ」
「そうだな、美味そうな匂いがするな」
カバンの中のスラと小さな声で話て、手を繋ぎ街を歩く。八百屋、お肉屋、魚屋の客引きの声が響き、出店の焼き鳥、コロッケ、たこ焼と近くの国から輸入された、珍しい食べ物とお菓子が多く売られていた。
この街の人々は楽しげに笑い。
日々を平和に、笑顔で過ごしているようだ。
「ヒーラギ、質商だ」
ブランが指さした紺色の暖簾、その中央には太い白文字で質と書かれた暖簾をくぐり中に入る。入ったすぐの木製の帳場に座る、質屋の店主の前に移動した。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、ミゾレ質商へようこそ」
「あの、これを売りたいのですが?」
と、アタッシュケースを取り出した。
「質の良いアタッシュケースですね。すぐに査定しますので、いましばらくお待ちください」
店主はアタッシュケースを見るなり、愛用の虫眼鏡を取り出して、外側と内側を査定した。
「むむむ、これは一流の職人が手がけた良い品です。10000……いや、15000マス(15000円)でいかがでしょうか?」
「15000? そ、それでお願いします」
(使い古しだけど、いい値で売れた!)
実はこのアタッシュケースは唯一、殿下から送られた私の私物。お揃いのアタッシュケースだと聞いている。だけど彼はそれが気に入らず、ご自分のはクローゼットの奥にしまっていた。
このアタッシュケースを作るのにどれだけの人の手とお金が掛かっているのか彼は分かっていない。私物が少ない私にはありがたかった……このアタッシュケースにポーション、回復薬を入れて騎士団の遠征について行き、これを持って走り回った。
まだ使用出来るから、新聖女のアリカに渡そうとしたけど、彼女はこれよりもいい物をもらっていた。
「ご来店ありがとうございました」
このお金は……ローザン殿下から私への迷惑料と、慰謝料とするわ。
「このお金で、必要な物を買いましょう」
「そうだな。だったら、先に買うのはヒーラギの服だな」
「服?」
「ニュ!」
スラも賛成のようだ。
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