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15話
「ヒーラギ、目を開けて」
「ニュ」
びっくりして瞑った瞳を開けた……飛び込んできたのは大自然の中だけど。この森にはびこる瘴気が、体にまとわり付いて気持ち悪い。
――騎士団との遠征で幾度なく見てきた瘴気。
瘴気が漂うということは……小さな生き物達が住み、木々が青々と育つこの森にも魔物がいることになる。
「ヒーラギ?」
眉をひそめて森をながめる私を、ブランは心配した。
「ブラン……ここ、綺麗な森なのだけど瘴気に満ち溢れ、体に纏わりついて気持ち悪い」
「瘴気? そうか……この辺りまで来ちまった。……ふうっ、ヒーラギはやっぱ凄いな。俺は訓練してようやく瘴気を感じられるようになったが、ヒーラギには目に見えているんだな」
私は首を横に振る。
「私だって、はじめはブランと同じで瘴気を感じるだけだったよ。でも、騎士団との遠征に着いて行くようになって、だんだんと見えるようになったの。ブランだって、いつかは見えるようになる……けど、見えない方がいい」
瘴気はおぞましい。人の形、動物の形、訳のわからない形で、黒くドロドロしたものが揺れ動く。遠征で魔物と戦い命を落とした騎士を見たとき……恐怖で出かかった悲鳴を噛み砕いた。
「ブランの見たくないものまで、見えちゃうから……」
「見たくないもの? ……そうか、ヒーラギは優しいな……前と変わっていない」
前? いつの話だとブランに聞こうとした、そのとき。
『ほおぅ、君は瘴気がほんとうに見えているんだね、ブラン嫁』
「え?」
私の近くで、軽い口調の男性の声が聞こえた。
誰? だと、声の出どころを探すと、隣にエメラルドグリーンの長い髪と瞳、ブランと似た服を着た……耳の長い男性がいた。
(……この人はもしかして森に住む妖精、エルフ? 見かけだけ見ると女性に男性にも見える中性的な人……だけどこの人、よく見ると半透明?)
「ユ……ユ、ユ!」
「ニュ?」
「ユ?」
『フフッ』
「ユーレイ⁉︎」
この世に未練を持ち亡くなると、ユーレイになり化けて出るって本に書いてあった。初めてみたけど……ほんとうに幽霊って半透明なんだ。私はユーレイをまじまじ見ていた、そのユーレイエルフはプルプルと体を震わせて、お腹を抱えて笑いだした。
『ぷははっ、期待してる所ごめんね。私はユーレイじゃないんだ、ブラン嫁』
また嫁だと言った。
「ロン師匠、ヒーラギはまだ俺の嫁ではありません」
『じゃー嫁じゃなかったらなに? ブランはヒーラギを嫁にするって言っていたよね』
「言ってはいましたが……ロン師匠、物事には順序があるんです。ヒーラギの承諾も無しに、彼女を嫁にはできません!」
反論しながらも、ブランの顔は真っ赤だ。
『フフ、ブランは可愛いな〜勿論ブラン嫁も可愛い。さすがブランが幼い頃に目をつけただけある。私が結婚の祝いにハープを引いてあげよう』
エルフは陽気にシャラランと、何処から出したのかわからない小さなハープを弾き、即興で作った歌を口ずさみ始めた。
『ああ~ずっと君を幼い頃から可愛い~可愛い~、いつかは自分の嫁に欲しいと言っていた~教え子が、ほんとうに嫁を~さらって、連れて帰ってきたぁ~』
「さらって? 違いますロン師匠、人を人攫いのように言うのはやめてください! その話も男同士の秘密だって言いましたよね!」
『そうだっけ?』
「ニュ」
『スラも、そう怒るなよ』
三人は瘴気が満ちる、森の中で追いかけっこを始めた。
どうやら、彼らは知り合いで仲が良いようだ。
でも、エルフのロンさんが言っていることはおかしい。ブランとはまだ出会ったばかり。だけど彼は私とブランが、昔に会ったことがあるような言い方をした。
それだと、ブランが聖女を求めていたと言っていたのが嘘で。初めから私のことを知っていた事になる。
「ねぇ、ブランと私は昔に会ったことがあるの?」
「え! っと、それは……」
口を濁した、ブランだけど。
横から、ロンさんが教えてくれた。
『会ったことはあるよ〜国境付近の屋敷でね。ついでに言うと、私もその場にいた』
国境付近の屋敷って、私が行こうとしていた別宅?
その場所は――ひと昔、研究好きな父方のお爺様と、料理と花が好きなお婆様が住んでいた。お2人が亡くなってから空き家だ。
何度か、私が聖女になる前へ両親と一緒に訪れた場所でもある。その屋敷での思い出は――お祖父様がお祖母様のために作ったいろんな品種の花と薬草。テラス席で飲んだお茶とお婆様が作った美味しいお菓子。
私が九歳、弟が七歳のとき、両親がしばらく旅行に行くといって、その屋敷に預けられたことがある。
――あれは天気のいい日。テラス席でお祖父様とお祖母様が見守るなか2人、庭園で遊んでいたとき弟が大怪我をして、治そうとした私に癒しの力が現れたんだ。
「……?」
でも、私は……弟がどうして大怪我をしたのか覚えていないし。ブランにも、ロンさんにも会った……
「記憶がない?」
『そうだね、ないに決まってる。君の記憶から……私達のことは魔法で消したからね』
ロンさんはそう言った。
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