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1話

 婚約の破棄後。私はカザールの王都から離れた、伯爵家の屋敷に十年ぶりに戻ってきた。急に戻ってきた私に出迎える者はなく、とうぜん部屋もない。    空いている部屋を見つけて、お風呂にゆっくり浸かり、フカフカなベッドに潜り込み眠った。翌朝、寝坊したって誰にも怒られない。  のんびり鼻歌を歌い、トランクケースから唯一持っている、水色のワンピースに着替えた。食堂へ向かう前に厨房に寄り、キッチンにいたコックにあるものを頼み、今か今かと食堂で待っている。 「ヒーラギお嬢様、頼まれたものが焼き上がりました」    コックが『ふわふわパンケーキ三段の、たっぷり果物乗せ』をテーブルに置いた。久しぶりの甘ったるい香りに、私の喉がゴクンと鳴り、お腹もぐうっ~と鳴った。 「ごゆっくり、お召し上がりください」 「ありがとう、いただくわ」 (いい香り……これを辛抱しなくていいなんて、幸せすぎる)  出来立てで、フワフワなパンケーキに蜂蜜をたっぷりかけても、バターを多めに乗せても、誰にも小言を言われない幸せに微笑み。パンケーキにナイフをスーッと入れ、一口の大きさに切りパクッと食べた。 (ん! んん~幸せ)  忘れかけていた蜂蜜の甘さと、バターのコクと塩っぽさ。私はゆっくり咀嚼して、ゴクリと飲み込んだ。 「ハァ、甘くて、美味しい~」  あまりの美味しさにお行儀悪く、フォークとナイフを持ったままテーブルを叩き、テーブルの下では足をバタバタさせた。 「これよ、これを私は待っていたの! フワフワに焼き上がったパンケーキに濃厚な蜂蜜と、バターが染みておいひい。付け合わせの桃と葡萄、苺も最高だわ!」  楽しげな朝食を取る私の元へドタドタと足音をさせ、忙しなく食堂に入ってきた人物は、テーブルでパンケーキを食べる私を見つけると名前を呼んだ。 「ヒーラギ姉さん!」 「どうしたにょ、ギリシニャン?」  パンケーキを口いっぱいに頬張って、リス、ハムスターの様に頬を膨らませた私を見た、弟のギリシアンは呆れた表情を浮かべた。 「まったく、ウチの料理長が作る、フワフワパンケーキが美味しいのはわかりますが。そのリスの様に膨らんだ口の中を食べてからお話しください……お行儀がわるい」 「なによ、先に話しかけてきたのはギリシアンなのに」  それに、久しぶりの兄弟の会話がこれ?  私がムスッとしたのが、わかったのか。 「淑女は顔に出して怒らない」   「ほっといて、人の朝の至福のひとときを邪魔した訳は何?」 「至福? そうでしたかすみません。ですが……執事から話を聞きました」 「そう」  執事のユッカに伝えておいたことを、弟に話してくれたのね。私はフウッとため息を吐き、パンケーキを口に運んだ。  
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