7話

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7話

「あの……服を着るか、子犬の姿に戻ってください」   「子犬? 別に俺はこのままでいいが?」 「それは無理、無理です、」 「……あ、そうか、人間はいつも服を着ると師匠が言っていたな」 「そうです、服をはやく着てください。話はそれからです」  獣人の男性が私の後ろで、なにかしらの魔法を使ったのがわかった。そして「着替えた」の声に振り向くと、彼は外套とチュニック、皮の肩掛け鞄といった、旅人の様な服を身に纏っていた。  この人……今まで私の近くにいたどの男性達よりも美形だ。その姿にモフモフの耳と尻尾がくっ付いて、ますます魅力的に感じた。 「これでいいか? それで、お前は俺に力を貸してくれるのか?」 「お前ではありません。私はヒーラギといいます、そうお呼びください」 「わかった、ヒーラギ――あなたの聖女の力を貸して欲しい」  彼は地べたに片膝を着くと胸に右手を当て、深深く私に頭をさげた。この仕草は王族、貴族の男性がする礼だ……この人はもしかすると、獣人の国の王族か上級貴族?  ここは用心深くいかないと、今度はこの人の国に捕らえられるかもしれない。 「あなたの国が、なぜ、聖女の力が必要なのか聞いてもいいですか?」  彼の瞳を真っ直ぐ見つめながら聞くと、コクリと頷いた。 「俺達、獣人の国はいま魔物と交戦中なんだ。父上、兄上、騎士達は傷付きながら……今も魔物と戦っている」 「ま、魔物と戦っている……?」  魔王が復活したの?    私が騎士の遠征について行ったときは、まだ魔王が復活したとは確証は出来なかった。だけど、遠征からは数ヶ月は経っているから、彼の言っていることは本当なのかもしれない。 「……俺は作り置きしていたポーションを使い、仲間のキズを癒して魔法で瘴気を払っていたんだ……だがポーションの在庫が切れ、瘴気を払える魔力も底をついた」 「……!」  この人、瘴気が払えるの?  相当な魔力の持ち主なのね。 「……ヒーラギ、このままでは国は落ち、ほかの亜人領にも魔物が攻め込んでしまう。人間が苦手だとか嫌いだとか、今はそんなこと言っていられなくなった。人間の国にいる聖女の力が必要なんだ……」  頼む! と彼は深く頭を下げた。  彼の話が本当だとしたら獣人達の戦力、ポーション、魔力、全てが切れれば獣人の国は魔王の手に落ちる。落ちてしまえば瘴気に満ちた国へとなる。  ……ゴクッ。  私とて瘴気に満ちた国が、後々どうなるかまでは知らない。 「噂で、人の国に素晴らしい聖女がいると聞いた……その癒しの力はホンモノだと。だから俺は残りの魔力を使い、この国まで聖女の力を借りに来た。まあ、来る途中の森で魔物に襲われて、腹に怪我をしちまったけどな……ハハッ」 「笑い事ではないわ! だったら……王都から離れた、こんな場所にいるのですか? カザール国の聖女はアリカ様です。あなたはその方に助けを求めたのですか?」  そのアリカ様の名前に、彼は眉間に皺を寄せた。 「アリカ? 昨夜の舞踏会で聖女だと紹介された、あの女性か……あの方は聖女で癒しの力はありそうだが……瘴気まで払う能力はない」 (え? 嘘……)  お会いしたとき、確かに彼女から私とは違う能力の感じがしたけど……聖女の力は感じた。だけど、彼の話が本当なら……アリカ様の癒しの力は最強でも、魔物から受けたキズは厄介だ。    瘴気を祓わずしてキズを治しても、すぐにキズは復活してしまう。  私は騎士団の遠征て嫌っていうほど、彼らを癒してきたからわかる。忘れないよう、手帳にもしっかり記した。  一度だけ――アリカ様にお会いしたとき、書き記した手帳を渡そうとしたけど。アリカ様は笑いながら『必要ないわ』と言って、情報のやり取りは出来なかった。 「昨夜の舞踏会で婚約破棄されたベールの女が、本物の聖女だ! ……彼女は王城を出たすぐ膝を突き祈りを捧げた。そのときに見えた神々しい光と、緑色の髪と琥珀色の瞳、風が届けた薬草の香り……アレはポーションに使う薬草の香りだった」  彼に昨夜のアレを、彼に見られていたのね。  私は王城を立つ前、数日間持ちこたえるように結界を補強した。  ――ただ、この国の人々を思って。  
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