第三章:猫と犬と恋わずらい

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「……合葉さん。一つ、提案があるんだけど」 「ん……? な、なになにっ?」  合葉さんは距離をゼロに詰めてきて、澄み切った瞳のなかに僕を映す。 「……名前で、お互い呼び合うっていうのはどうかな?」  言ってみると、合葉さんは、宝石のように目を輝かせた。 「あっ……素敵、だと思う! でも、なんで?」 「えっ……」理由を訊ねられると思っていなかった僕は、頭のなかで言葉を選ぶ。君と少しでも近づきたいから……なんて言うと、引かれるかな?  迷った挙句、僕は、おそるおそる呟くように言う。 「特別に……なりたいから?」  すると、合葉さんは一瞬目を見開いた後、天使のように微笑んだ。 「わかる! 私も、ずっとそう思ってるんだ!」  お、おう……。  時々、勘違いしそうになってしまう。  こんな、ストレートに純粋な気持ちをぶつけられると……。  あくまで僕は、憑き物探偵でしかないというのに。 「じゃあ、いこうか――ユリ」  聞こえるか聞こえないかくらいの声で名前を呼ぶと、ぼぼぼぼっ、と合葉さんの顔が赤くなっていった。  僕も、そのうち見れなくなってしまう。  その次になにをするのかさえ考えられなくなり、俯いていると――ぎゅっ、と両手を握りしめられた。  跳ねるように顔を上げ、合葉さんを見ると、なんだか決闘でも申し込むような目つきで、こちらを見上げてきていた。 「い、いこっか! ――……アキ」  今度は、僕の顔が真っ赤になる番だった。 「……は、はひぃっ」  へんてこな声を出してしまった僕は、合葉さんに吹き出されてしまう。  それから、しばらく二人で笑い合った。  お腹が痛くて、涙が出てきて、幸せだった。 「……ごめん。全然、似合わなかったね」  やっぱり今まで通りで、と言うと、合葉さんは頷き、涙を拭って僕を見る。  大事に育ててきた花を見るような顔で、優しく微笑んだ。 「嬉しかった」ドキン、と心臓が高鳴る。「……螢川くんの、特別になれたみたいで」  僕は、思わず口を開いてしまった。 「あ、合葉さんはっ――僕にとって、他の、なによりも特別で、偉大なんだっ」  口にしてしまってから、ハッと冷静になる。  どうしよう……告白、しちゃった……? 「螢川くん……」  えっ、もう……僕の気持ち、完全に伝わっ……た?  ドキドキドキドキ……と胸が苦しみ続ける。  あぁ……ここから、逃げ出してしまいたい――  そう思ったとき、合葉さんは、満面の笑みになって言った。
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