第二章:音楽室の小豆洗い

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「まず、盛り塩を置いた時点で怪しいと思ったよ。あんなの逆に怖がらせにいっているじゃないか。僕には、演出しているようにしか見えなかったよ」  立ち上がり、僕はメガネを正す。 「それから、図書室で勉強しているっていうのも、すぐに嘘だと分かったね。毎日じゃないけど、あそこはよく使うから。最近一人ぼっちになってしまっていた合葉さんも。あそこにいる人たちは、大体いつも同じだよ。一応合葉さんにも聞いたけれど、やっぱり図書室で舞木さんの姿なんて見たことがなかった」 「………。」 「そもそも、舞木さんからこの話を持ちかけてくる時点で、怪しいよね。憑き物探偵だなんて、普通信じるかな? あの怖がりな先生を呼んだのも……もしかして計算だった?」 「……計算? なんの話かしら」 「だって、まるで僕が憑き物の話をしやすいように、場を整えてくれているみたいだったから。あと、僕が小豆洗いの話を始めたとき、舞木さんはすぐに疑いにかかったよね。憑き物探偵だとかを信じて相談してきたのは、舞木さんなのに。そこで僕は確信した。舞木さんは、僕の話にリアリティを求めている。そうか、最初から僕を利用するつもりだったのか、と」  黙って聞く舞木さんに、僕はニヤリとして言ってやる。 「つまり、盛り塩を置いたのも、半年前から自分も変な音を聞いていた、と嘘を吐き、僕に相談したのも全て――楽器庫(そこ)に妖怪がいることにしたかったから」  違う? なんて、聞くまでもなかった。  舞木さんはすでに後ろを向き、大きな紙をせっせと紙袋に詰め込んでいる。おそらく漫画の原稿用紙だろう。……今更、隠そうとしても遅いのに。 「だから、合葉さんが他学年にも聞き取り調査をすると言ったとき、焦って止めようとしてたんだよね」 「……どうして、ここで漫画を書いていることまで分かったの?」 「それは、今から順に説明していくよ。あと、なんで僕がただの嘘吐きだってバレたのかな?」  そうそう。もし僕が本物の探偵だと信じられていのなら、最初から相談しようなんてなる筈がないからね。だって、犯人は自分だもの。 「小三のとき、フィールドワークで鬼除川の由来を調べたことがあったのよ。鬼を除ける川、ってそのまんまなんだぁって思ったのを覚えてる。だから、鬼が除けるようにと願われた川、なんて話したあんたが嘘吐きだってのは、すぐに分かったわ」  ユリが知らなくて良かったわね、と舞木さんは言う。上からの笑みが癪に障る。 「なるほどね。……にしても、どうやってこの楽器庫(へや)を使ってるのかな? 職員室に鍵を取りに行ったりしていないよね?」 「そんなの簡単よ。廊下側の扉が、百円玉で開けられるのよ」 「えっ……」 「この学校の扉で開けられるのは、楽器庫(ここ)しかなかったわ。他にも色々と空き教室を見たりして、やっと見つけたの」 「…………そう、なんだ。よくやるね」  顔を引きつらせる僕に、舞木さんはドヤ顔をしてくる。……合葉さん、この子全然真面目じゃないよ。  いや、そうまでして、どうしても漫画を描きたかったのか。 「でも、楽器庫(ここ)だと先生が入ってきたりしない?」 「……時々あるわね。まぁ、ドアの鍵を開ける音がしたら、急いで片付けて適当な物陰に隠れるだけよ」 「……いや、すごっ……」  確かに物がいっぱいあるから、隠れんぼには有利そうだけれども。  いつでも片付けられるようにと、最小限の道具だけを出して書いていたんだとか。 「それでもここは便利な場所よ。中から、廊下側と音楽室側のドアを閉めれば、完全に一人きりの空間。廊下は人通りが少ないし、音楽室は基本的に授業中以外は使用禁止だし、誰かが入ってくることもない。ここが唯一――私の趣味を楽しめる場所だったの」  ――趣味?  おいおい、それはさすがに冗談だろう……。 「そこまで必死になって描くなんて、本気で目指してるんだろう?」 「漫画家? なれるわけないじゃない、私が」  舞木さんは低い声で笑う。 「あのねぇ……。そんなに自分の絵に自信があったら、とっくに教室とかで皆に見せびらかしながら書いてるわよ。……それか、兄弟達がうるさくて、自分の部屋もない家で堂々と、ね」  悲しそうな目で床をみつめる舞木さん。 「……じゃあ、どうして、放課後も合唱団の練習をサボってまで、ここで描くようになったのかな? コンクールも近いんだろう?」 「…………えっ。どうして、」 「合葉さんに頼んで、他クラスにいる合唱団の子に聞いてもらったんだ。舞木さんが練習に参加しなくなったのは、最近らしいね」  それに、最近は音楽発表会の練習で、昼休みに音楽室が使われていたから……バレる確率が高かった筈だ。だからこうして、僕を利用してまで妖怪になる羽目になったのに。  そうだ。ずっと、そこが引っかかっていたんだ。  楽器庫にいるのが舞木さんだとは、すぐに分かった。けど、そこでなにをしているのか? 少女漫画を妹のために買っていると話されたとき、なんだかやけに焦っていたから、普通に自分が買っているだけなんじゃないかとは予想がついた。けど、わざわざ少女漫画を楽器庫に隠れてまで読むか? それも、なぜ最近になって隠れる頻度が上がったのか――。
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