第二章:音楽室の小豆洗い

21/23
前へ
/60ページ
次へ
「少女漫画新人賞の応募締切が、近くなってきたからだろう?」 「んなっ……」 「妹が読んでいるのをこっそり見てみたら、有名な月刊誌の応募締切は毎月五日とか大体月始めらしいね。あと一週間あるかないか、ってとこか」 「……それを見て、私が少女漫画を書いているって分かったの? 確かに少女漫画誌を買っているなんて話はしたけれど……」 「楽器庫から聞こえる音で、〝サッサッサッ〟というのはなにかを書いている音に聞こえるだろう? ただ、〝カンカンカンカン!〟という音は謎だった。だからカマをかけることにしたんだ」  言うと、はぁ、と舞木さんは大きなため息を吐いた。 「もう、ここまできたんだから、ついでに教えてよ。カンカンカンカン! つて一体なにをしている音だったのかな?」 「…………。」 「言わなくば、みんなに言っ」 「あーもうっ! 分かったわよ!」  観念した舞木さんは、一枚の原稿用紙を取り出す。  そこには、満面の笑みをした少女が描かれていた。  少女の背景に、鉛筆で五角形を描き、その周りを鉛筆の芯で力いっぱい叩き始めた。  カンカンカンカン!  そうして五角形の周りに点々がついたものを幾つか描くと―― 「わぁ、綺麗だ」  背景がキラキラと輝き出した。 「こういうの、本当は〝トーン〟っていう漫画専用のシールみたいなのを貼るんだけどね。高くて買えないのよ」 「だから、一つ一つ手書きで描いているんだ」 「仕方ないでしょ。こんなの、どう頑張っても見栄え悪いけど……。でも、本当に、奇跡的に、ちょっとでもプロの編集さんの目に止まればいいなって……それだけだから」  はっ、として舞木さんは手を止める。  バツが悪そうに、そそくさとまた画材を片付け始めた。 「わ、笑ってもいいのよ? 無理に決まってるじゃん、って……」 「すごいなぁ。尊敬するよ、舞木さん」  舞木さんの手がピタリと止まる。  小豆洗いのように小さく丸まった背中に、僕は優しく声をかけた。 「舞木さんの夢、叶うといいね」  ぎゅう、っと。はちきれんばかりの紙袋を、墨のついた美しい手で握りしめる音がする。それからゆっくりとこちらを向いた舞木さんの瞳は、漫画のなかにいる少女と同じくらい輝いていて、うるうるとしていた。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加