35人が本棚に入れています
本棚に追加
「少女漫画新人賞の応募締切が、近くなってきたからだろう?」
「んなっ……」
「妹が読んでいるのをこっそり見てみたら、有名な月刊誌の応募締切は毎月五日とか大体月始めらしいね。あと一週間あるかないか、ってとこか」
「……それを見て、私が少女漫画を書いているって分かったの? 確かに少女漫画誌を買っているなんて話はしたけれど……」
「楽器庫から聞こえる音で、〝サッサッサッ〟というのはなにかを書いている音に聞こえるだろう? ただ、〝カンカンカンカン!〟という音は謎だった。だからカマをかけることにしたんだ」
言うと、はぁ、と舞木さんは大きなため息を吐いた。
「もう、ここまできたんだから、ついでに教えてよ。カンカンカンカン! つて一体なにをしている音だったのかな?」
「…………。」
「言わなくば、みんなに言っ」
「あーもうっ! 分かったわよ!」
観念した舞木さんは、一枚の原稿用紙を取り出す。
そこには、満面の笑みをした少女が描かれていた。
少女の背景に、鉛筆で五角形を描き、その周りを鉛筆の芯で力いっぱい叩き始めた。
カンカンカンカン!
そうして五角形の周りに点々がついたものを幾つか描くと――
「わぁ、綺麗だ」
背景がキラキラと輝き出した。
「こういうの、本当は〝トーン〟っていう漫画専用のシールみたいなのを貼るんだけどね。高くて買えないのよ」
「だから、一つ一つ手書きで描いているんだ」
「仕方ないでしょ。こんなの、どう頑張っても見栄え悪いけど……。でも、本当に、奇跡的に、ちょっとでもプロの編集さんの目に止まればいいなって……それだけだから」
はっ、として舞木さんは手を止める。
バツが悪そうに、そそくさとまた画材を片付け始めた。
「わ、笑ってもいいのよ? 無理に決まってるじゃん、って……」
「すごいなぁ。尊敬するよ、舞木さん」
舞木さんの手がピタリと止まる。
小豆洗いのように小さく丸まった背中に、僕は優しく声をかけた。
「舞木さんの夢、叶うといいね」
ぎゅう、っと。はちきれんばかりの紙袋を、墨のついた美しい手で握りしめる音がする。それからゆっくりとこちらを向いた舞木さんの瞳は、漫画のなかにいる少女と同じくらい輝いていて、うるうるとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!