第三章:猫と犬と恋わずらい

5/21
前へ
/60ページ
次へ
「……なんか、ごめんね。全然、野外調査らしきこと出来てなくて……」  帰り際。  いつもの通学路を歩きながら、僕は謝った。  合葉さんは、全然っ! と手を振って笑ってくれる。 「今日は、すっごく楽しかったよ! ありがとう、螢川くんっ」  あぁ。優しいな……合葉さんは。こんな僕なんかと出かけてくれて……いや、本当に憑き物探偵だと思われているだけだった。そうだった。  目の前に続く、夕陽に照らされた道を見つめる。  なんでもない、いつもの帰路。  ただ、合葉さんが隣にいるだけで。  どうしてこんなにも輝いて見えるのだろう?  ……不思議だ。  まだ、別れたくない。もっと、ずっと喋っていたいな。  そんな、どうしようもないことを、口にしたくなってしまう。 「あの……螢川くん、」  合葉さんが、口を開いた。けど、なぜか言葉に詰まっているようだった。 「どうしたの?」 「ええっと……その、」  モジモジとしながら、合葉さんは上目遣いをし、なんだか僕の様子を伺ってくる。  顔が赤いのは、夕陽のせいだろうか。 「よかったら……その、また調査したいなぁ、なんて」 「! そ、そうだね! 是非……」 「ほんと!? 嬉しい」  合葉さんが、とろけるように微笑む。  ……あぁ。もう、今すぐ僕のものに出来たらいいのに……。  なんて、生まれて初めての独占欲を自覚してしまう。  その後も、他愛のない話をしながら、二人で同じ道を歩く。一生、この道が続けば良いのに……なんてバカなことを考えているとき、ふと、僕は聞きたいことを思い出した。 「そういえば……あの、合葉さんって、僕のこと覚えてないよね?」 「へっ?」 「実は、小一の頃、同じクラスだったんだよ」  言うと、合葉さんは真顔で固まってしまった。  ……あぁ、こいつ何を言っているんだ、って思われた、絶対……。 「ま、まぁ、すぐに転校しちゃったけどね! 苗字も、田中だったし」  すると、合葉さんはどんどんと目を見開き、そのうち、頬が真っ赤に染まっていった。  ……な、なんだ!? この反応……どういうことだ!? 「あ、合葉さん……?」  ハッ、とした合葉さんは両手で口をおおい、僕から顔を背ける。  えっ、どうして……? 僕、なんか変なこと言っちゃったかな……。  心配して顔を覗き込もうとすると、合葉さんは、「うん」と小さな声を出す。 「――そんな昔のこと、覚えてないよ」 「あ……っ、そ、そうだよね! ごめん、変な話して……」 「ううん! び、びっくりだね! 実は、もっと前に会っていたなんて……」  それからも、合葉さんはなぜかソワソワとしていて、心ここに在らず、という感じだった。……よく分からないけど、急に嫌われた訳ではなさそうだし……可愛いから、気にしないでおこう。  とある十字路に差しかかると、僕らは手を振り合い、お互いの帰路につく。……まぁ、明日も会えるか、なんて慰めながら、僕はいつもの玄関に入っていった。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加