第三章:猫と犬と恋わずらい

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「やぁ、螢川。昨日は楽しかったかい?」  月曜日。昼休みに図書室でも行こうかと渡り廊下を歩いていると、たまたま舞木さんに出くわした。前から歩いてきた舞木さんは、方向的に音楽室に行くとこだったのだろう。 「……どうして、舞木さんが知っているのかな?」 「はは。なにを隠そう、野外調査という名のデートを提案したのは、この私だからねっ!」  ……。  ええっ、と。 「僕のために?」 「この鈍感男め」 「へぇ?」  舞木さんは、分かりやすく肩を落とす。 「まぁ良いわ。これで、少しは恩返しが出来たかな」 「恩返し?」 「新人賞の応募に間に合ったの」  にっこりと目を細める舞木さん。おぉ、それは良かった。 「……いい結果になるといいな」 「ありがとう」 「いや、僕はなにも。合葉さんが手伝ってくれたんだろう?」 「もちろん、ユリにもお礼言ったよ。……あんたのお望み通り、私たちは親友になれた。だからさ、そんなユリの超大事な親友からのお願いが一個あるんだけど、聞いてくれない?」 「ほう。なんでも聞いてやろう」 「告白して」 「ムリ」  舞木さんは、突然僕の肩を揺すって怒りだした。 「今なんでも聞くって言ったじゃないの!」 「そ、それだけはちょっ……僕にはまだっ……、やめろぉ!」  腕をひっぺはがそうと抵抗していると、「あ、ユリ」と舞木さんが手を止めた。  振り返ると、少し先に合葉さんがポカンとして立っている。  合葉さん、いつの間に……っ!?  ええいっ、こんな怪力女とやり合っている場合じゃない! 「じゃあ。僕はこれで」 「あっ、逃げたな! この意気地なし!」 「つい最近まで妖怪ごっこしてたのは、なに木さんだっけな?」 「んなっ……」  勝ち誇った笑みを見せ、まだなにか言いたげな舞木さんに背を向けると、合葉さんの方に近づいていく。合葉さんは、すでに反対方向に歩き出していた。 「合葉さんっ」  呼び止めると、ぴたり、と足を止めてくれる。  けど、どうしてか、こちらを振り返ってはくれなかった。  ……ハッ。というか、教室の外で合葉さんと会うのは珍しいから、とつい勢いで話しかけてしまったけど……なんの用事もないのだった。……声が、聞きたかっただけなのかな。  なんて言える筈もなく、「ええっと……」と口ごもっていると、合葉さんが僕に背を向けたまま話し出す。 「コトカと、すごく仲良さそうだね」 「え? あぁ、舞木さんか。いや、別に仲良いとかじゃないよ」  すると、合葉さんが振り返る。  やっとこちらを見てくれた。  と思ったら、どうしてか、不満げに唇を尖らせている。 「誤魔化さなくてもいいのに」 「……へっ? いや、誤魔化すとかじゃなく、本当に仲良くなんかないって」  なに? どうしたんだ?  今日の合葉さん……なんか、機嫌が悪い?  そのうち、あっ……と合葉さんは片手で顔を覆った。 「なに言ってんだろ、私。ごめんね、急に……。じゃあ」  合葉さんは、急ぎ足で駆け出していく。 「……。合葉さん……?」  結局、その日は合葉さんと、一度も会話をすることがなかった。  ちょっと前までは、そんなの当たり前だったのに……。  物足りなくて、実に味気ない。
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