01 夏野、ひとこと余計

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 五限は古典の授業だった。始業の礼を無視することも出来ずに、上げていた顔を支えるように頬杖をついた。  けれど相変わらず一言一言を噛み締めながら言葉を紡ぐ先生に眠気を我慢できず、開始五分で机に突っ伏した。どうせ教科書も夏野の机の上に転がっているから、先生の話を聞いても理解できないし。と免罪符にもならない言い訳を心の中でする。  さっきチラリと眺めただけでもクラスの半数は見事に眠気に惨敗していし、別に良いだろう。よくわからない古語の授業なんて、だるい。ただでさえ昼飯の後なんて人生で一番眠たくなる時間に『古の催眠術師』と陰で呼ばれている先生の授業を入れた時間割が悪い。だから、すべての責任は時間割にあるよ。たぶん。まあ、温厚なおじいさんに見える古典の先生が怒ったところなんて、これまで一度たりとも見たことがなかったから心配はないだろうけど。  机に突っ伏した安心感からか、なぜか消えてしまった眠気にため息を吐いた。ただ一度突っ伏した頭を起こすのも億劫で、目を開いたまま机と至近距離で見つめ合うことにした。薄暗い視界の中で机の木目が笑っていた。ぼんやりと先生の言葉を聞き流す。  先生が発する言葉の合間に、ちゃんと耳をすましていないと聞こえなくなってしまった蝉の声に夏の終わりを感じる。なんて風流は理解できないけれど、とりあえず暑さが和らぐのならなんでも良かった。早くこんなクソ暑い夏なんて滅んでしまえ。また僕の頭頂部を撫でていった冷房の風は優しすぎて、額から流れ落ちた一筋の汗を乾かすにはすこし頼りなかった。
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