01 夏野、ひとこと余計

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「あの、聞こえているのに狸寝入りは良くないと思いますよ、樽井くん。⋯⋯あ、そうだ。もしもし樽井くん、応答願う。聞こえていたら右手を、聞こえてなかったら左手を上げよ」  ついにこの状況を楽しみ始めたのか。机の上に突っ伏していた僕の隣でくすりと笑いながらふざけた言葉を続けた彼女。まるで良いことでも思いついたかのような口ぶりに、思わず目の前に見える木目に向かってちいさなため息を零した。狸寝入りだと気が付いているのなら、わざわざ僕に話しかけてこなくたっていいじゃないか。せめて身体を起こすまで待つとかさ。  いや、そもそも狸寝入りじゃなくて本当に寝直そうとしていたんだけど。  そんな勢いを持った言葉たちが口から漏れてしまわないよう、唇をきつく固く結び直した。正直、教科書の貸し借りにいちいち許可を取らなくていいし。十六歳なんて成長期真只中の僕にとってなによりも大切なお昼寝くらいは、ひとりで静かにゆっくりさせてほしかった。なんて僕の考えを察しもせず、また机をコツコツと叩いては話しかけてくる彼女。 「待って、あなたのお名前の読み方って『たるい』くんであってるよね。あ、もしかして『だるい』くんでしたか?」  そっと僕の様子を伺うような声色にしては、しつこく机を叩いてくる彼女。もとい夏野ひかりはどうやら諦めが悪いらしい。鈴を幾重にも転がすよりも騒々しい声で、癇にさわることを言う。  やたらと耳に残る声を持つ彼女は、今朝のSHRで転校生として紹介されたばかりのはずなのに。すっかり教室の空気に馴染んでいて、対人関係に疎い僕にはすこしだけ存在自体が恐ろしかった。そんな順応性のかたまりみたいな夏野は、未だ返事をしない僕を訝しむように深いため息を吐きだして、また机の端を叩きはじめる。正直、ため息を吐きたいのは僕だったけれど、ここはぐっと我慢して寝たふりを続けた。
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